初恋相手
ハル(元ミカさん)視点の話で、この時は身体も、まだ女性のままです。
天界というのは退屈なところだった。
何をどうやっているのかは知らないけれど、白い雲で地面が出来ていることを除けば、概ねは地上と同じ造りになっている。
地名も一緒だし駅名も同じ、お陰で自分が死んだという実感が、中々得られなかった。
「ではミカさん、あなたが住む家は今日から、こちらとなります。仕事は明日の朝9時からですので寝坊しないでくださいね」
声を掛けてきたのは、紫色の髪と瞳をした女性で、ヴィオレータというショートカットヘアが特徴の女神だ。
彼女に案内され、わたしがこれから住むように割り当てられた家までやって来ると、そこには見事なまでにサキと暮らしていた練馬にあるオンボロアパートが再現されていた。
ドアを開けて中に入ってみれば、室内に置いてあった家具は地上で使っていた物と全く同じだった。
違うことといえば、そこにはサキが住んでいないというだけだ。
「では、わたしはこれで失礼します。明日からは違う女神が仕事を教えますので、わからないことがあれば彼女に話を聞いてください」
「えっ? あ、うん」
「それから、天界では食事やお酒などは無料で頼むことができます。まあ地上で生きていた時とは違うので、お腹は空きませんし満腹にもなりませんけどね。嗜好品の一種とでも考えといてください」
「わかった」
「あ、そうだ。こっちに少し頭を向けてもらっていいですか? はい、ありがとうございます。うんっと……これでよしっと……」
「何したの?」
「天使の輪を付けました。天界では許可証となるので、勝手に外さないでくださいね。これがあれば乗り物もテーマパークも無料で利用できますから。では失礼します」
女神といっても大して偉くないのか、ヴィオレータは用を済ますと「急がないと、次の予定に間に合わない!」と叫び、そのまま走り去っていった。
アパートの中にある鏡で自分の姿を確認してみると、頭上には淡く光る輪っかが浮いている。
「……天使の正体って、働く人間だったんだ」
部屋の中に腰を下ろし、テレビを点けてみると、放送されているのは現世と同じ番組だった。
これじゃ、本当に死んだ実感が湧かない。
「あーあ、また明日から働くのか」
わたしが天界でも仕事をしなければいけなくなったのは、死後の調査で魂の穢れが凄いということがわかったからだ。
先に死んだイツキお兄ちゃんと、その妻であるミドリお義姉さんは何も問題がなかったらしく、既に転生してしまった。
「あの人には会えるかな?」
正直、魂の穢れ云々や次の人生に興味なんてなかった。
大好きだったイツキお兄ちゃんにも会えたし、今のミカとなった人物に、お礼を述べることもできた。
自分のバカな行動のせいでサキを置いていってしまう結果となったのは物凄く後悔しているけど、あの人なら、ちゃんと育ててくれるだろう。
そして、わたしには後1人、どうしても再会したい人がいた。
年齢は彼の方が高いけど、普通に生きていれば、まだまだ死にはしないだろう。
いつも仕事終わりに渋谷のストリートピアノを弾いていて、パパ達に見つからないようにボロアパートを紹介してくれた優しい人。
「ううん、会えない方がいいんだよね」
彼の死を願っている訳じゃない。
幸せに生きているのなら、それでいい。
ただ、今、どう過ごしているのかを知りたい。
ヴィオレータにも聞いてみたけど「第3者のことは答えられません。その方のプライバシーがありますので」と言われてしまった。
どうやら天界にもルールはあるらしく、わたし達に色々としてくれた、お爺さん神様が特別だったみたいだ。
今となってはジジイ呼ばわりしたことを、凄く申し訳ないと思う。
「そういえば天界に連れて来てもらってから、お爺さん神様とは会ってないけど、どうしてるんだろう? どうせなら、あの人にカナメさんのことを聞いとけばよかったな」
四季要、兵庫県生まれの東京育ち。
彼が、周りに男っぽいとばかり言われ続けてきた、わたしの遅い初恋相手だ。
そして、この時は、まだ知らなかったのだ。
今のミカとなっているのが、そのカナメさん本人であることなど。
もうすぐ2章も終わります。
次の投稿は来月の予定です。
できればもう1話載せたいと考えてはいるんですけどね。
感想、評価、誤字報告ありがとうございます。




