思考の海
スーパー内で、仲が良さげな男女の姿を捉える。
目に入ってきたのは、よく知る2人だ。
(なんでハルとユキが!? いやいや、落ち着け、わたし!)
──男が好きな物は2つ。危険と遊びである。そして男は女を愛するが、それは遊びの中で、最も危険なものであるからだ(ニーチェ)
──友愛の多くは見せかけ。恋情の多くは愚かさであるに過ぎない(シェークスピア)
──たくさんの敵に出会ってきたが、ハルよ、お前ほどの奴はいなかった(バイロン+わたし)
うん、よし、落ち着いた。
偉人達の言葉というのには、もしかしたら鎮静効果があるのかもしれない。
これは、すぐにでも学会で発表するべきだろう。
今から医学界に行かなきゃ。
さあ、忙しくなるぞ。
「ミカ〜。なんか混乱してるみたいだけど、落ち着いて〜」
うん? 誰だ、わたしの高尚な思考の海に入ってきて雑音を撒き散らす不届き者は? 万死に値するぞ。
「おーい〜、ミカ〜?」
うるさいなあ。
静かにしてよ。
あれ? 目の前で、なんか揺れてる? なんだろう、これ?
う〜んと、手かな? それにしては黒いような……もしかして、ダークエルフ?
なんということだ。
未知なる生物を発見してしまった。
鎮静効果どころの騒ぎじゃない。
耳と顔を確認しなければ……って、あれ?
「おっ、やっと正気に戻った〜?」
「……ユキ?」
「そうだよ〜。こんなとこで会うなんて偶然だね〜」
なんと、ダークエルフの正体はユキだった。
紛らわしいな、この黒ギャル。
「ハルも挨拶しなよ〜」
「……よお」
ハル? そういえば、もう1人いたような?
挨拶してきた男性のほうは肌が白い。
なるほど、こっちは普通のエルフか。
でも、おかしい。
耳が尖ってない。
もしかして偽物?
「おい、こいつ、どうしたんだ?」
「う〜ん〜、なんか現実逃避してるっぽい〜」
白黒のエルフが会話してる。
仲が良いのはいいことだ。
エルフとダークエルフが敵対関係になってる物語とかあるけど、あれは都市伝説みたいなものだったんだ。
最近、わたしとハルなんて、会社で当たり障りのない会話をしながら過ごしているというのに。
まったく、羨ましい限りだ。
ここで出会ったのも、なにかの縁だし、せっかくだから人と仲良くする秘訣でも、このお兄さんに聞いてみるか……って、あれ?
このエルフ、どこかで見たような?
「……って、ハルじゃん」
「当たり前だろ。なに言ってんだ? あんたは」
「あはは〜。おもしろ〜い〜」
「なんで2人が、一緒にいるの?」
「あれ〜? まだミカには言ってなかったっけ〜? 少し前にハルとは偶然出会ったんだよ〜。勿論、正体も知ってるよ〜」
わたしの質問に、ユキが答える。
「……そうなんだ」
「そうだよ〜」
ユキは相槌を打つと、ハルの肘に自分の腕を絡ませて密着し、頭をコテンともたれさせた。
イラっ。
わたしの正気を取り戻させる為、ユキはハルから離れていたらしいが、彼に近付くと再び腕を絡ませた。
「おい、ユキ、やめろ」
「や〜だ〜よ〜」
ハルの嫌がってる様子から察するに、わたしが高尚な思考の海へと溺れる前に見かけた2人の姿は、ユキが無理矢理、彼の腕に密着していた感じなのだろう。
イラっ。
しかし、ハルが迷惑そうにしてても、ユキの好意を受け入れてる時点で、イチャつく恋人同士にしか見えない。
ムカっ。
「ミカ、どうしたの〜? なんか顔から表情が消えてるよ〜。 あっ、ハル、肩に糸屑付いてるよ〜?
取ってあげるからしゃがんで〜」
「いや、いい」
「じゃあ、わたしが背伸びするね〜」
ユキは爪先立ちになり、ハルの右肩部分を手で払う。
ムカっ。
「そうだミカ、金曜の夜空いてる〜? みんなで仕事終わりに遊ぼうよ〜。この3人にチナツさんもさそっ……」
「わたし、その日は、お見合いがありますから!」
なんで、こんなにイライラしたりムカムカするんだろう?
わたしより、付き合いの長い2人の関係に嫉妬してる?
仲が良いことは美しいというのに、イライラムカムカするなんて、こんなの本来の自分じゃない。
それもこれも、すべて天界のせいだ。
ユキの言葉が終わるより前、決まってもいない予定を勝手に入れ、わたしは食い気味に誘いを拒否した。




