見合い話
「えっ? お見合い?」
湘南から帰って来てから数日後、サキちゃんのお爺ちゃんお婆ちゃんであり、今やミカさんとなった、わたしのお義父さんお義母さんでもあるダイキさんとヒナタさんが仕事終わりに家へ尋ねて来た。
急に孫と遊びたくでもなったのだろうか? と、なんの警戒心も抱かずに屋内へと招き入れたら、まったく予想もしていなかった見合い話が飛び出してきて、思わず聞き返してしまったところだ。
リビングのソファーに座ってダイキさんとヒナタさんと向かい合い、大人3人は紅茶を飲んでいるが、サキちゃんだけは、わたしの横で手土産のフルーツゼリーを美味しそうに食べている。
「ああ、そうだ。そろそろミカも身を固めたって、いい頃だろう?」
「サキちゃんだって、まだ小さいし、父親が必要なんじゃないかしら?」
「そんな急に言われても……」
ダイキさんとヒナタさんの言葉に、知らない人と結婚なんてしたくないという想いと、確かに父親は必要かもしれないな? なんて、考えが脳内を駆け巡り、心中で葛藤する。
一瞬、何故かハルの顔が浮かんできたけど、この恋愛感情は天界によって意図的に操作されているものだと思い直し、わたしは慌てて首を振り、その姿を頭の中から追い出した。
「会うだけでもどうだ?」
「話をしてみて、嫌なら断わればいいわ」
「……はあ」
「この話を持ってきたのは、真森社長と冬木議員なんだ。あの2人には、わたしも若い頃、お世話になった。だから親の面目を保つと思って、顔だけでも合わせてもらないか?」
「見合いする方も御曹司だし、ミカと共に人生を歩む相手としては申し分ないと思うのよね」
「ああ、それに彼は子供好きと聞くし、きっとサキとも上手くやっていけるだろう」
元ミカさんが家出した件があってから、普段は強く言ってこないダイキさんとヒナタさんが、これでもかと力説してくる。
それはきっと、チナツさんとユキさんの親達から、見合い相手を紹介されているという理由が大きいのかもしれない。
気乗りはしないが、自身が本物のミカさんじゃないという負い目もあるし、2人には世話になっている。
見合い相手と馬が合わなそうなら、結婚は断ってもいいらしいし、ダイキさん達の面子の為には、この話を受けた方がいいのだろう。
(まあ1回、会うくらいならいいかな?)
それに、わたし自身、疑問もあった。
それは、この身体になってから、今まで男性と1対1で深い話をしたことがないということだ。
なので、わたしが本当の意味で女性となっているのであれば、もしかしたら普通の男性にも恋愛感情を抱いたりするのだろうか? という謎が残っている。
その疑問を解決する場として、お見合いは、お誂え向きなのかもしれない。
「……わかっ」
「ママ、ぎゅうぬう〜」
ダイキさんとヒナタさんに「わかった。1度だけ会ってみる」と、了承の返事を出そうとしたところで、サキちゃんが牛乳の催促をしてきた。
コップを見てみれば、先程まで注がれていた、白い液体は空になっている。
どうやら、わたし達が話し込んでいる間に、全て飲み干してしまったらしい。
「いま、持ってくるね」
「はやきゅ〜(早く〜)」
「はいはい」
『早くして〜』と、サキちゃんが我儘を言ってるように聞こえるが、これはただフザケてるだけだ。
わたし達が難しい話をしてて、ずっと放っておかれてるから、大人3人の中の誰かに『構って〜』というサインを出し始めたのである。
まあ、フルーツゼリーを食べ終わってしまったせいもあるんだけどね。
とりあえず、わたしは冷蔵庫から牛乳を持って来て、空になっているコップへと新しく注ぐ。
「はい、サキちゃん」
「ありあと〜(ありがと〜)」
「あー、牛乳切れちゃった。サキちゃん、明日の朝は違う飲み物でもいい?」
「にゃんで〜?(なんで〜?)」
「ミカ、わたしとダイキさんでサキちゃんの面倒は見てるから、新しいのを買ってきなさいな」
「ああ、そうだな。お見合いの件も帰って来てからで構わないから、行ってこい」
別にサキちゃんは牛乳以外でもいいよという感じで甘えていたのだが、それがわからなかったダイキさん達に、牛乳を購入してこいと言われてしまった。
「……うん。買ってくるよ。2人は何かいる?」
「いや、いらないな」
「わたしも欲しい物は無いわよ」
「わかった。じゃあ、サキちゃんのこと、よろしくね」
「ああ、任せてくれ。いっといで」
「いってらっしゃい」
親切心を断るのも悪いので、あれはサキちゃんが甘えてるだけだよ? なんてことは言わず、わたしは2人に「いってきます」と返事をして玄関へ向かおうとする。
「いてらたい!(いってらっしゃい!)」
背中から可愛らしいけど、元気の良い声が勢いよく掛けられたので、わたしは振り返る。
「いってくるね」
声の主であるサキちゃんに手を振り、返事をした後、近場のスーパーへと向かった。
──
「え〜と、牛乳でしょ? せっかく来たし、他にも色々と買い足しとこう。ん?」
スーパーの中で、家にある調味料の残りなどを思い出していると、ペットボトルのコーナーに見覚えのある姿があった。
ハーフの男性と、その男に腕を絡ませている日に焼けた女性、楽しそうに会話をしながら、仲睦まじく買い物をしてる2人は、まるで恋人同士みたいだ。
「……ユキ、ハル」
自然と漏らしてしまった呟きは、少し距離が離れている2人には、聞こえないくらいの声量だったと思う。
だけど、その音にユキもハルも反応し、わたし達は互いを視界に入れた。