来て良かった
最初は湘南の海が濁りすぎてて、どうなることやらと思ったけど、初めての波にサキちゃんは大興奮。
砂浜の上で小さなカニが動いているのを目に入れれば、興味津々に素手で捕まえようとしたり、落ちている貝を拾ってジッと見つめていると思えば、そのまま口の中に持っていこうとしたりと、色々問題はあったが、午前中には遊び疲れて寝てしまった。
チナツさんとユキも、わたしと交代でサキちゃんが乗る亀ボートを押したりして疲れたのか、今は3人揃ってシートの上に寝転がっている。
「ちょっと、見たアレ!?」
「えっ? チナツさん、どうしたの?」
「まだ居るわよ。見てみなさいよ」
勢いよく腰を浮かしたチナツさんに習い、わたしも同じ体勢になる。
怒った彼女の視線の先を追ってみると高校生くらいの若い男子が腕を交差させて☓印を作り、少し離れた場所にいる2人組へ向けて、何かサインを出していた。
「え〜と、あれは?」
「ナンパだよ〜」
わたしの質問には、いつの間にか起き上がっていたユキが答える。
「ナンパ? でも、なんで☓印なの?」
「わたし達は声を掛ける相手として不合格ってことよ」
「あはは〜。酷いよね〜」
「こっちから、お断りだっていうのよ。鏡見てこいっての」
ユキとチナツさんの2人から話を聞くに、サキちゃんという守護神がいるから、結婚もしくは離婚してて、それなりの年齢なんだろうと思わているとのことだった。
確かに、声を掛けるかどうかを様子見しに来た男子からしたら、わたし達の方が歳上なんだろう。
でも、そんな理由で人様の目の前で☓印を作るとは、なんとも失礼な話である。
「ああいう時の男って、なに考えてるんだろうね〜」
「知らないわよ。何も考えてないんじゃないかしら? バカっぽいし」
「ミカは元同性としてどう思うの〜?」
「あら、その答えには興味あるわね」
なんかユキとチナツさんの話が盛り上がって、こっちに火の粉が振りかかってきた。
これが女子トークというやつか? なんて恐ろしいんだ。
いや、今は、わたしも同性だった。
「……ナンパとかしたことないから、わかんない」
「「はい、臆病者〜」」
がんばって答えたのに、1番ダメージを受けたのは、わたしだった。酷い。
それもこれも、あの若者達のせいだ。
絶対に許さないからな!
「……うみゅ?」
わたし達の声が騒がしかったのか、サキちゃんが目を覚ます。
そうだ、ナンパ野郎なんて、どうでもいい。
ウチには、この天使がいるのだから、あんなのを相手にしてる暇なんてないのだ。
「サキちゃん、起きた〜?」
「……そふちょ、おあよ」
「おはよ〜。お昼、食べよっか〜?」
「……ばあべくう!」
「バーベキューは夜からだよ〜」
え? そうなの? それは、わたしも初耳だ。
「お昼は海の家で食べようね〜。じゃあ、行こっか〜」
「あい!」
なんでBBQが夜だったのか聞く気も起きず、流れに身を任せて4人で海の家に入り、そのまま昼食を取った。
お腹一杯になった後は、海へは戻らず、緑の多い江ノ島へ。
流石に水着のままでは行けないので、太腿くらいは隠れる丈の夏用パーカーを着て、皆で移動した。
江ノ電に乗り、猫島とも呼ばれる程にネコが多い場所にやって来れば、その動物を追う為に動き出す人間が1名、ウチのメンバーの中にいる。
「にゃんこー!」
「サキちゃん、急に走らないの!」
「よちよち〜」
ネコは人間達に馴れているのか、まったく逃げ出す素振りさえ見せず、堂々としている。
鳴くことすらせず、如何にも相手してやるよくらいの態度で、サキちゃんに撫でられ続けていた。
「大人しいわね」
「はいミカ、お水〜」
「野生はどこいったんだ? ユキ、ありがとう。ほらサキちゃん、お手々出して」
「あい」
動物からも感染する病気というのはあるので、ネコが可愛いからといって油断はできない。
触った後は、すぐに洗い流すのが1番だ。
「はい、ハンドソープ」
「チナツさん、ありがとう」
サキちゃんが動物大好きなので、イヌやネコなどに出会って触った時の為、ペットボトルの水や携帯用ハンドソープなどを常備しているのだが、それを知っている2人は、わたしのバッグの中から必要な物を次々と取り出してくれる。
これがチームプレイというやつか? もしかして、この3人ならバスケのストリート大会で、良い成績が残せるかもしれない。知らんけど。
その後はネコと戯れ、見つけた神社で御参りし、また海に戻って水の中へ入って遊んだ。
夕方になったところで着替え、車で色々と回り、買い物を楽しみがら時間を潰す。
そして夜にはホテルへ移動して、みんなでBBQした。
シェフっぽい人が伊勢海老やらハマグリやらを焼いてくれて、自分達で調理すると思っていたサキちゃんは首を傾げていたけど、トロピカルドリンクの豪華さや食事の美味しさに、どうでもよくなったらしく、特に何も言ってはこなかった。
寧ろ、そのサービスを当然の如く受けているチナツさんとユキを見て、やっぱりこの2人は、お嬢様育ちなんだなと、わたしが認識を改めたくらいだ。
「おいち〜!(美味し!)」
ホタテのバター醤油に舌鼓を打ち、満足そうなサキちゃんの表情を見て、今日は湘南に来て良かったなと、心から思った。