2番目
海に入り、浅瀬でサキちゃんと程良い水掛けをしてキャッキャした後、1度浜辺へ戻る。
いつの間にか、チナツさんが広げてくれていた黄色と白のチェック柄シートに腰を下ろす。
「ママ、あれにゃに?(何?)」
サキちゃんが指差した方を見てみると、海の家でしているサービスで、浮き輪やゴムボートの貸し出しをしている場所があった。
「お船みたいなもんかな?」
「かめしゃんも?」
「亀の形したゴムボートだね。水色だけど、何かアニメのキャラとかかな? サキちゃん乗ってみる?」
「のりゅ〜」
「じゃあ借りに行こう。ほら、お手々繋いで?」
「あい!」
シートの上に置かれたバッグから、お金を取り出し、サキちゃんと一緒にゴムボートを借りに行く。
因みに貴重品はベンツの車内にユキさんが買ったであろう金庫の中と、海の家にある鍵付きロッカーに分け入れてて、浜辺には盗まれても痛くない額を持ってきている。
このお金は共同で使うやつなので、わたしが全て消費する訳にはいかないが、ゴムボートを借りるくらいなら許してくれるだろう。
まだ海の中にいるユキさんとチナツさんの方を見てみると、何か真剣な顔をして話し合っていた。
(え、なに?)
一瞬、わたしを見たチナツさんとユキさんの2人が悪い笑みを零した気がするけど、勘違いだろうか?
「ママ、どちたの?」
わたしが急に立ち止まってしまったので、サキちゃんが不思議そうに聞いてきたが、特に言えることもない。
「なんでもないよ。行こうか」
わたし達は再び歩き出し、ゴムボートを借りに行くことにした。
なお、水色の亀に乗ったサキちゃんが、海上で波に揺られながらキャッキャしている姿は、とても可愛らしかったことを、ここに記しておく。
☆☆☆
チナツさん視点
「ねえ、チナツさん、お願いがあるんだ」
ユキへの説教をしている最中、急に彼女の雰囲気と表情が変わる。
いや、それだけじゃなく、いつもののんびりした口調すら何処かへ行ってしまっていた。
「急に何よ?」
「……ちょっと待って。チナツさん、もう少しだけ、こっちに近付いて来れる?」
わたしから外されたユキの視線を追ってみると、ミカとサキちゃんが楽しそうに水を掛け合ってる姿があった。
声を落とし、その場所とは反対方向へと遠ざかる形からして、あの2人の耳には入れたくない話なんだということを察する。
「……で、なによ」
なんとなく空気を読んで、わたしも小声でユキへと質問することにした。
「う〜ん、もうちょっと距離取った方がいいかな? あ、2人とも上がるみたいだし、大丈夫そうだね。あのね……」
そこから、わたしは色々な話を聞いた。
「……」
サクラシバハルという人間が元ミカである事、運命の赤い糸や寿命の話。
その他にも魂の穢れや2番目、3番目の相手の事などと、急に様々な情報が入ってきて、相槌すら打つのを忘れていた。
「……ユキ、その話は本当なのね?」
「うん。だから協力して?」
「いいわよ。お父さんにも協力してもらうわ」
「ありがとう!」
「というか、あなた、その話し方が素なのね。すっかり騙されたわ」
「ごめんね。色々と便利なんだよ」
「まあ敵を騙すには、まず味方からと言うわね。それに、わたしも育ってきた環境から、ユキが何を考えているかは理解できるわよ」
「あはは。だよね〜」
「これからが楽しみだわ」
「絶対に成功させようね!」
わたしとユキがサキちゃんと手を繋いで砂浜を歩いているミカを見てみると、違和感を感じさせてしまったのか、一瞬だけ彼女が変な顔をしていたので、慌てて表情を戻す。
「危なかったわね」
「ダメだよ〜、気付かれちゃ〜」
「急に口調を戻されると、なんか変な感じがするわね……」
「そこは気にしないで〜。後、わたしも、お父さんに協力頼んだから〜」
「そう。なら最初は心配なさそうね」
「そうだね〜。あ、ミカ達戻ってきたよ〜」
「1度、ハルって人に会ってみた方がいいのかしら?」
「えっ!? え〜と、それは別にしなくてもいいんじゃないかな〜?」
「……ユキ、あなた、まだ何か隠してるわね?」
「そ、そんなことないよ〜。あ、サキちゃんが可愛いボートに乗ってるよ! ほら、わたし達も行こう!」
「……怪しいわね」
☆☆☆
ユキさん視点
あ、危なかった。
チナツさんに協力を取り付ける事はできたけど、そんな彼女に対して隠していることは、確かにあった。
ハルは強く意識している相手には、とてつもなく素っ気ない態度になる。
これは元ミカである時から、そうだった。
(言えないよね)
今のミカがハルの家に来た時、玄関先でチナツさんの名前が出たけど、彼は興味のないフリをした。
あの日の会話を思い出すと、こんな感じだ。
ハル「サキは?」
ミカ「チナツさんに遊んでもらってる」
ハル「誰、それ?」
ミカ「お昼に会った保育士の人」
ハル「ああ」
ミカに「保育士の人」と言われて納得した体を取っていたけど、あれは絶対に最初から理解していたと思う。
(ほんと、子供なんだから)
わたしは、なるべく安全対策は数多く用意しておきたい人間だ。
だから、あの日、ミカが帰った後にハルを問い詰めた。
あなた達の2番目になる相手は知っているの? と。
そこで冗談っぽく「もしかして、わたし〜? それともチナツさん〜?」と名前を出してみたんだけど、それを聞いたハルは肯定も否定もしなかった。
だから、わかってしまったんだ。
元ミカの頃から、ハルとの付き合いの長い、わたしには、その態度で十分だった。
(やっぱり、絶対秘密にしておこう)
ハルの2番目の相手は、わたしで、ミカの相手はチナツさんらしいよ? なんて、口が裂けても言える筈がなかった。




