ナメるんじゃないわよ!
前話で主人公がユキさんと呼んでいましたが、今は呼び捨てできる関係性になっていますので、ユキと修整しました。
ミカさんの身体になってからチナツさんは年上ということもあり、さん付けしています。
川へ遊びに行く事になり、ユキを誘った結果「どうせなら海に行こう〜!」とか言い出して、車で迎えに来た。
で、そのまま皆で、何故か湘南へ。
しかもこの黒ギャル、乗ってる車種がベンツだった。
色はメタリックブルーで、見た目はジープっぽい感じ。
しかし、一体、誰が、こんな高級車へ海に行くというのか? うん、わたし達だ。
まあユキを誘って車で行くというから、いつチナツさんに着替えは車内でいいんじゃない? と、伝えようか迷っていたんだけど、テントとか持って来なかったみたいだし、言う必要性が無くなって良かった。
水着になる時は、海の家を利用するみたい。
「ママ、うみのみじゅちょっぱい?(海の水しょっぱい?)」
運転席にユキ、その隣にチナツさん、わたし達2人の親子は後ろに座っているのだが、車で走っている最中、サキちゃんから疑問が投げ掛けられた。
「しょっぱいよ」
「にょんでみていい?(飲んでみていい?)」
「うーん、舐めるだけならいいよ」
お腹を壊しそうなので、なるべく変な行動はして欲しくないが、これも経験だ。
子供時代に海水は飲めた物じゃないと体感してもらい、もう2度と挑戦する気など、起こさせないようにしてもらおう。
「ばあべくうたのちみ!(バーベキュー楽しみ!)」
「あっ……」
海へ行くというのが決まってから、すっかり忘れてたけど、そういえばBBQが目的の1つだった。
飲食の商売してる人達がいるのに、勝手に浜辺で肉とか焼いていいんだろうか?
そんな事を考えていると、運転席でハンドル操作をしているユキが、ウチの小さな天使に声を掛けた。
「サキちゃん、バーベキュー楽しみにしててね〜」
「あい!」
「ねえユキ、バーベキューって浜辺でするの?」
「やだなあ〜、ミカ、何言ってるの? お店で焼いてもらうに決まってるじゃん〜」
「えっ? わたし達で調理するんじゃないの?」
「しないよ〜。江ノ島にオーシャンビューの見えるホテルがあってね〜、そこのテラスで焼いてもらうんだよ〜。あ、プールも付いてるよ〜」
「……そうなんだ」
「うん、期待しててね〜」
多分、サキちゃんがイメージしてるのって、みんなで焼いて食べてって感じだと思うんだけど、それでいいんだろうか?
まあいいか……いや、いいのか? でも、今更、手遅れっぽいしなあ。
(うん、サキちゃんの想像してる形のバーベキューは、また今度、違う機会にしてあげる事にしよう)
諦めとも言える結論を脳内で出してから、車に揺られること、約1時間20分。
わたし達は湘南にやって来た。
海水浴場の駐車場に車を停め、途中で寝てしまったサキちゃんとチナツさんを起こしてから、みんなで砂浜を目指す。
「「「「……」」」」
コンクリートで舗装された坂道を下り、途中にあった階段を降りると、砂浜に出た。
目の前には湘南の海が見える。
だけど、4人ともが歩いてる途中から無言になっていた。
みんなの口数が少ないのには理由があるのだが、これは誰から言い出すべきなんだろうか?
やっぱり、わたしからかな? と思ったところで、サキちゃんが叫ぶ。
「きちゃない!」
サキちゃんが人生で初めて見た海は茶色く濁っていて、これ入っても大丈夫なんだろうか? と不安になるくらい汚れていた。
そして、その言葉を皮切りに、チナツさん、ユキ、わたしの順に各々が感じている思いを口に出す。
「汚いわね」
「茶色いね〜」
「これ、入っても大丈夫なのかな? 後、サキちゃん、やっぱり舐めるのも禁止ね」
昨日、夜中から朝方に掛けて雨が凄く、海の透明度が下がっているだけらしい。
もしかしたら舌先に付けるくらいなら問題ないのかもしれないが、この水を流石に飲ませる気にはならないし、舐めさせたくもない。
「ええ〜、にゃんで〜?(何で〜?)」
サキちゃん、この色の海水を見ても舐める気だったの? 親の心子知らずとは、よく言ったものだ。
何はともあれ、わたし達は海の家を利用して水着に着替えた。
いつも通りユキさんはヒョウ柄で、ビキニスタイル。
チナツさんはタンキニだった。
上は白のタンクトップに、下はホワイトとブラックの細かなチェック柄で、ショートパンツスタイルだった。
なんかズルい。
「ちぇんちぇ、くりゃげはね、ちゃちゃれるとあぶにゃいんだよ?(先生、クラゲはね、刺されると危ないんだよ?)」
「サキちゃんは物知りね」
チナツさんと手を繋ぎ、砂浜を歩くサキちゃん。
「きをちゅけちぇね?(気を付けてね)」
「うん、わかったわ」
ねえチナツさん、それは、わたしの役目なんじゃないかな?
(後ろ姿だけ見ると、歳の離れた姉妹みたい)
こんなことを口にすれば、きっとチナツさんが「それは身長が低いって言いたいのかしら?」と、不機嫌な声を出すだろうから言わないけど、我が子に放っておかれた、わたしの手は寂しい。
少し複雑な感情を抱えていると、隣を歩いているユキが、笑顔で腕を伸ばしてきた。
「ミカ、わたしの手が空いてるよ〜」
「ていっ!」
「ちょっと〜、なんで叩くの〜?」
「八つ当たり?」
「酷いよ〜。えいっ!」
「ちょっと、抱き着いてこないでよ」
「やだ〜」
「あ、暑い……」
「……わ、わたしも〜」
「なら、離れようよ……」
前を歩いていたチナツさんが振り返り、わたし達の醜態を目に入れると、呆れた表情をしていた。
「サキちゃん、ママ達は放っておいて、先に海に入りましょうか?」
どうやらチナツさんは、わたし達と無関係を装うことに決めたみたいだ。
悲しい。
浅瀬に足を入れ、そのまま海に入っていくチナツさんとサキちゃん。
置いていかれて、顔を見合わせる、わたしとユキ。
「……ミカ」
「……ユキ」
互いに名を呼んだ後、無言で頷き、わたし達は駆け出す。
一緒にチナツさんを目掛けて走り、そのまま飛び付いて、海の中へと押し倒す心算だ。
「ちょっと、止まりなさい!」
わたし達の走ってくる姿を見て嫌な予感がしたのか、焦って怒鳴るチナツさん。
慌てて逃げ出そうと背を向けたところで、後ろからユキさんだけが飛びついた。
わたし? わたしは方向転換して、水飛沫がサキちゃんに行かないよう、背中でガードする役目を選んだ。
万一、流されたりでもしたら、危険だからね。
わたしが急激に向きを変えたから、ユキさんが、えっ? と、いうような顔をしていたけど、それは仕方ない。
だって、この後の展開が予想できるんだもの。
「ユキ、危ないでしょう! そこに座りなさい!」
全身を海に入れられたチナツさんが立ち上がって怒鳴りだし、浅瀬で正座させられたユキに説教が始まる。
黒ギャルが恨めしげに、こっちを見てくるが、わたしは無視した。
裏切りと言いたければ言うがいい。
せっかく親子で海に来てる中、説教されて怒られる情けないママの姿など、我が子に見せたくないのだ。
「ちょっとユキ、聞いてるの!?」
「なんで、わたしだけ〜」
「ちょっぱい!(しょっぱい!)」
ちょっとサキちゃん? あれだけ注意したんだから、海水を舐めるんじゃないわよ!




