天罰
「あ〜、落ち着く」
わたしはチナツさんが用意してくれた朝食を食べ終わってコーヒーで一息つき、サキちゃんはテレビのニュースを見ながら、頷いているところだ。
意味なんて理解してないだろうが、大人ぶりたい年頃なんだろう。
「お皿洗っちゃうわね」
「チナツさん、流石にそれは、わたしがするよ」
「構わないわよ。洗い終わったら帰るから、ゆっくりしてなさい」
チナツさんはそう言うと、テーブルの上に有る、お皿を引き取りキッキンへと向かった。
「あれ? 帰るって、家に? 今日、保育園の仕事は?」
「ミカと一緒で、お休みよ」
「有休?」
「うん、溜まっちゃってたから、ここらで消化しとこうかと思ってね」
「そっか。休みなのに面倒掛けて悪いね」
「気にしないで。わたしが好きでしてることだから」
「およぎゅ!(泳ぐ!)」
チナツさんとの会話中、サキちゃんが唐突に上げた声の方を向くと、テレビの中には川原でBBQをしている人達が映っていた。
どうやら、水着で楽しそうに遊んでいる幼い子供や、美味しそうに焼肉などを食べてる姿に感化されたみたいだ。
「バーベキューか〜。そういえばサキちゃんはしたことないっけ? せっかくだし、今日しようか? でも2人で行くのもなあ……」
「あら、いいじゃない。付き合うわよ」
「えっ? チナツさん、帰るんじゃないの?」
「今日は家でゆっくりする予定だったから、暇でもあるのよ。それに数日は休みだし、どうせなら多少は遊びたいわ」
「そっか、なら、チナツさんも一緒にバーベキューしようか。でも今からだと場所はどこがいいかな? 秩父?」
「飯能でいいんじゃないかしら? 電車一本で行けるし近いわよ」
「うん。じゃあ、そうしようか。お肉とかは現地調達でいいよね? スーパーとかあるでしょ?」
「そうね。水着は必要かしら?」
「わたしは持ってくよ。サキちゃんが川に入るだろうし、できるだけ側にいた方が安心だからね」
夏にはチナツさんを含め、ユキさんとも海に行く予定だったので、水着は親子で一緒に購入してある。
わたしのはレースの飾られた黒いキャミソールビキニ(撮影で使った)で、サキちゃんのは上が水色で、下がピンクのワンピースタイプだ。
(ユキの水着選びとかに付き合わされると、絶対にヒョウ柄を購入させられたりするだろうから、先に買っといたんだよね)
こんな風に役立つとは考えていなかったが、手に入れといて良かった。
「じゃあ、わたしは1度家に帰って、水着とか荷物を纏めてくるわね。ミカの家に集合する?」
「う〜ん、駅でいいんじゃないかな?」
「わかったわ。水着は服の下に着て行くの?」
「うん、そうしようかなとは思ってるけど?」
「テントとか建てられるし、向こうで着替えてもいいんじゃない? 後、テーブルセットとかもあるから持って行くわね」
「えっ? でも電車で移動するんだから、荷物多いのは大変じゃない?」
というか、チナツさん、テント建てられるのか。
この人、料理意外は何でもできるな。
「ユキを誘いましょう」
「なんで?」
「車持ってるし」
「そうなの!?」
ユキが車持ってるとか、意外すぎる。
免許取れる程の頭あったんだ。
失礼なことを考えながらも、わたしは、今日が平日だということを思い出す。
「でも、仕事なんじゃないの?」
「ユキも有給よ。わたしと合わせて休みにしてるわ。疲れが取れたところで、一緒に遊ぶつもりだったから、暇してる筈よ」
「……そうなんだ」
(その遊びに、わたしは誘われてないんだけど?)
これが仲間外れってやつなんだろうか? 寂しい。
少し不満に思っていると、チナツさんが宥めるような声を出した。
「ミカは社長業が忙しそうだったから、今回は誘わなかっただけよ? あなたの仕事が落ち着いたら、みんなで海へ行こうとは計画してたんだからね。だから、そんなに落ち込まないで?」
どうやら自分で考えてるよりもショックが大きく、その感情が顔に出てしまっていたらしい。
これから、せっかく楽しいBBQに行くのに、これではいけないと思い、表情を元に戻す。
「うん。わかったよ。気を遣ってくれて、ありがとう」
「まあミカは言えばわかってくれるからいいけどね。問題はユキよ」
「なんで?」
「あの子のことだから、こういう時に誘わなかったら、絶対に拗ねるわよ」
「……ああ」
確かにユキのことだから、わたし達がBBQに行ったというのに、その時に自分が誘われていなかったと知ったら拗ねそうだ。
予定があって参加できないとしても、声だけは掛けてもらいたい寂しがり屋なのだ、あの黒ギャルは。
「ユキには、わたしから連絡しとくよ」
そうチナツさんに告げると、彼女は「頼むわね」と言い残し、自分の家に帰って行った。
サキちゃん? ソファーの上で気持ち良さそうに寝息を立ててますよ。
そんな姿を目に入れてしまった、わたしに、少しイタズラ心が湧く。
なのでサキちゃんの側まで行き、耳元に顔を近付け、小声で囁いてみる。
「……起きないの?」
「うみゅ〜」
「……サキちゃん、バーベキューしないの?」
「うみゅ、ちりゅ〜(する〜)」
わたしの声に反応はしたけど、まだ瞼は開かないので、続けて耳元で囁く。
「……ママ達だけで川に行っちゃおうかな〜?」
「らめぇ!(ダメェ!)」
「痛い!」
案に置いて行っちゃうよ? という言葉に強烈な反応を示した、サキちゃんによる左手の甲が、わたしの右目にクリティカルヒットした。
「手がー、手が目に入ったー!」
「うみゅ?」
床に膝を付き、顔の右半分を手で抑えながら痛みに震えていると、サキちゃんの声が聞こえてくる。
どうやら、目を覚ましたみたいだ。
「ママ、おあよう」
「……お、おはよう」
「なにちてるの?(何してるの?)」
「……天罰を体験してるところかな……」
(もしかしたらバーベキューには、ゴーグルを持って行く必要があるかもしれないな)
なんて、わたしは考えていた。




