ユキとハル
ユキさん視点の話になります。
今やハルという男性の身体になった親友が住むアパートの押入れの中に潜み、わたしは聞こえてくる2人の話し声に耳を澄ましていた。
「俺のこと好きだろ?」
(ちょっとミカ!? じゃなくてハル! 直球すぎるよ!?)
「ブフォッー!」
(あ、今のミカがお茶吹いたんだね。ぷくくく)
「汚えな!」
(ハル……それは自業自得だよ)
部屋には今と昔のミカが2人いて、わたしは浮気相手みたいに押入れの中。
なんか状況がややこしい。
そもそも、ハルと出会ったのは偶然だった。
──あの日、わたしは渋谷にある某有名ファッションビルにいて、彼(元ミカ)とは、そこで再会したんだ──
「ユキ……」
有名ファッションブランドの服屋で買い物を済まして店外に出ると、わたしの名前を背後から呼ぶ声が聞こえて振り返る。
立っていたのは顔もスタイルも良い、綺麗な瞳をした男性だった。
(ハーフ? 知り合いじゃないよね?)
こんな整った顔立ちをしてる知り合いがいたなら、絶対に覚えてる筈だ。
(ということは、あれか……ハァ……)
わたしは心の中でウンザリしながらも、男性に声を掛けた。
「格好良いお兄さん、どこかで会いました〜? あ、もしかしてナンパですか〜?」
わたしがそう問うと、目の前に立っている男性は、唐突にお腹を抱えて笑い出した。
「あは、あははは!」
「え〜? 何がおかしいんですか〜?」
軽く涙を流してる目を人差し指で拭う動作をしてる男性を見て、わたしは少し不快になったけど、それを表情には出さないように努める。
一体、どこにそんな面白い要素があったというんだろう? 本当に苛つく人だ。
「あはは」
「ちょっと〜、いつまで笑ってるんですか〜?」
「あ〜、ごめんごめん。俺だよ、俺」
「詐欺〜?」
「いや、違うよ。こういえばわかるかな?……ミカだよ」
男性の口から出てきた名前が耳に届いた瞬間、わたしの体の中は怒りという感情で一杯になる。
「あ゛?」
今まで冷静になるよう我慢してたのに、思わず殺気の込もった声が飛び出てしまう。
だけど、それもしょうがない。
ミカは大切な友人なのだから。
わたしは男性に詰め寄り、釘を刺す為、勢いよく喋りだす。
「あんたがどこの雑誌記者かは知らないよ。でも周りに手を出すな。もしそれで大切な友達が被害に合ったなら、とことん追い詰めてやる」
お父さんが政治家という職業なので、この手の輩は昔からやって来る。
どうにかスキャンダルを掴もうと必死だから、わたしに近付いて親の事を根掘り葉掘り聞こうとしたり、最悪、娘の非行でも撮れれば御の字といったところなのだろう。
こういう手合いとは昔から対立してきたけど、友達にまで手を伸ばそうとするのは許せない。
「いい? わたしから攻撃するつもりはないよ。でも、もしミカ達に何かあれば、あなたの銀行口座が0になるまで追いかけるわ」
そう睨みながら言ってやると、何がツボにハマったのか、再び男性は笑っていた。
「あ〜、おかしい。ユキは相変わらずだな。本当は普通に喋れるのに、わざと語尾を伸ばしたり、雑誌記者を油断させる為、軽い女に見えるよう肌を焼いたりさ」
「……」
「糸を張り巡らせて相手が罠に掛かるのを待つ様から、付けられたアダ名が黒蜘蛛だもんね」
「えっ? ちょ、ちょっと?」
「しかも学生時代のアダ名がそれで隠してたのに、会社で再び同じ『黒蜘蛛』とか呼ばれるようになっちゃったから、給湯室で頭を抱えながら叫んでたっけ。それからさあ……」
「ぎゃー! ちょっと待って!? わたしの暗黒歴史を、これ以上、この場所で喋らないでええぇー!」
あの時、給湯室で頭を抱えながら叫んでいた、わたしを見たの唯一人だけだ。
「も、もしかして本当にミカなの? それも本物の?」
「さあ? どうかな? それと、お局さんがスパイだってわかった時、ユキってばさあ……」
「待って!? それ以上はいけないよ!」
ニヤニヤした顔で、わたしを見てくるのは知らない男性の姿をしているけど、この笑い方は間違いない。
ミカだ。それも本物の。
「う、うわ〜ん!」
死別、再会、悲しみ、嬉しさと複雑な感情が入り混じりながら、わたしは泣きながら本物のミカに抱きついた。