爆弾発言
「懐かしい……」
訪ねたハルの家を見て、わたしはそんな感想を漏らす。
それも当然だろう。
何故なら、今、わたしの目の前にある建造物はサキちゃんと出会い暮らし始めた、あのボロアパートだからだ。
時刻は夜の8時。
かわいいウチの小さな天使は、現在、我が家でチナツさんと遊んでいる。
事情は後で話すからと言って、チナツさんにサキちゃんの面倒を見てもらっているのだ。
「ふぅ」
わたしは1つ溜息を吐いて、ドアベルを鳴らす。
まさか元々暮らしていた場所へ訪ねる事になるとは、夢にも思っていなかった。
あの時「もしかして、ミカさん?」と尋ねた後、ハルは「仕事あるから」とか言って足早に帰ってしまったが、少ししてから話があると連絡をしてきた。
前世? や身体の件もあるし、なるべく2人切りの方がいいのかな? とか考えて、わたし1人でハルの家にやって来たという訳だ。
「よお」
ドアがガチャリと開き、ハルが、わたしを迎え入れる。
「サキは?」
「チナツさんに遊んでもらってる」
「誰それ?」
「お昼に会った保育士の人だよ」
「ああ」
わたしがミカさんになる前、サキちゃんを保育園に預けてたよね?
だからハル(元ミカさん)とチナツさんは面識ある筈なんだけど、それにしても興味無さすぎでしょ。
大丈夫なんだろうか、この人?
懐かしいアパート内に入り、周りを見渡す。
家具などは少し変っているが、殆どサキちゃんと暮していた時と代わり映えはしていない。
「なに見てんだよ?」
「いや、あまり前と変わってないなと思って」
「最初は俺が暮らしてた訳だし」
「? どういうこと?」
「急に家具の配置を変えると落ち着かないってだけだよ」
「ああ、なるほど。それにしても、もうハッキリと男口調になってるね」
「あんたと一緒で練習したからな。まあ座れよ。お茶でいいか?」
「うん」
懐かしい部屋に腰を下ろし、小さな黒いテーブルを1つ挟んでハルと向かい合う。
「……」
「なんだよ?」
「いや、別に」
確かに、お茶でいいとは言ったけど、まさかペットボトルを直で渡されるとは考えていなかった。
よくある500mlサイズなら、まだ理解できるが、これ1・5リットルのヤツだよね?
いや、開封されてないだけマシなのか? もうハル(元ミカさん)の事がわからん。
なんとなくグラスを頼むのも負けた気がするので、わたしはペットボトルの蓋を外し、お茶を飲む。
「あんたってさ……」
「?」
口に水分を含んでいて喋れなかったので、首を傾げて話の続きを促すと、ハルから爆弾発言が飛び出した。
「俺のこと、好きだろ?」
「ブフォッー!」
吹いた。
お茶がハルに掛かった。
「汚ねえな!」
怒られた。
えぇ〜、わたしのせいですか?
「ごほっ、ごほっ、だってハルが……え〜と元ミカさん? が、急に変なこと言うから!」
「まあ落ち着け」
誰のせいだ!
「ほら、タオル」
「ありがとう」
互いにタオルで顔を拭き、落ち着いたところで会話に戻る。
「え〜と、元ミカさん? は、なんでそんな事を思ったの?」
「ハルでいい。その名前は、もうあんたの物だし、ややこしい」
「まあ確かに」
「理由は簡単だ。俺も、あんたが好きだからだ」
???
あれ? 唐突すぎてわからなかったけど、今なんか告白された?
無意識に両頬を抑える。
「顔真っ赤だぞ? てか、仕草が本当に女性らしくなったよな」
「そうかな? わたし、男性に対して恋愛感情を抱く人間じゃなかった筈なんだけど、なんでハルに言われると恥ずかしいんだろ?」
身体的に考えれば、元は同性だ。
LGBTの方達を批判するつもりはないし、それも一種の愛の形ではあるのだろう。
しかし、わたしの前世での恋愛対象は女性だった筈だ。
なので、いくらハルの中身が元ミカさんとはいえ、惹かれる理由がわからない。
「原因があるんだよ」
ハルが言う。
「原因?」
わたしが聞く。
「俺達は、互いを好きになる様にできている」
この日、2回目の爆弾発言をハルがした。
ハルが大きいペットボトルを出したのは、お代わりを注ぐのが面倒なのと、これなら足りるだろうという考えからです(思いやり)
効率的ですが、面倒くさかっただけとも言えます。




