楽しいお昼
泣きつかれて眠ってしまったサキちゃんを起こさないよう、畳の上に敷かれている子供用の布団へと優しく降ろす。
朝、この小さな子が少し離れた距離にいたのは、この親子は一緒に寝ている訳ではないからだ。
いや六畳一間しかないし、勿論、部屋は同じなのだが、今や俺になったミカさんとは、ちょっとだけ間を空けて別々の布団で眠っているらしい。
「なんか、一緒に泣いてしまったな……」
急に子持ちになった俺と、両親を亡くしてしまったサキちゃんに不思議な運命を感じてしまう。
寝ている小さな身体に掛け布団を被せているところで、とても上質な服を彼女が着ていることに気が付く。
白く柔らかそうな生地で上は長袖、下は同色のズボン。
柄は色とりどり小さな花が散りばめられ、服のあちこちに刺繍されていた。
因みに今日は4月10日の土曜日で、年号も令和だから、俺は変な時代にタイムスリップをしたとかいう訳ではないらしい。
死んだのはこれより前だった気もするから、もしかしたら違う人物になって未来を生きているということになるのだろうか?
(ダメだ。記憶が曖昧すぎて、わからないな)
サキちゃんが着ている服をスマホで調べてみると、子供服で有名なブランド物だった。
「こんなに高価な物を購入してるくらいなら、オモチャくらい買ってやれよ……」
サキちゃんの親代わりだったミカさんに怒りを通り越して呆れすらしてきたが、もう会えない人物に文句を言ってもしょうがない。
いや、これからもやりきれない真実を知る度に毒を吐くのかもしれないが……。
「よし、とりあえず昼飯でも作るか!」
気分を変えようと、俺は台所へ向かう。
前世で名乗っていた名前などは思い出せないが、ずっと自分が一人暮らしで料理をしていたという記憶は、何故かハッキリと残っていた。
もしかしたら子育ての為に、神様っぼいお爺さんが残してくれたのかもしれない。
「なににしよう? うーん、朝は洋食だったし、気分を変えて和食にするか」
冷蔵庫から材料を取り出し、料理を作っていく。
メニューは白いご飯にワカメと豆腐の味噌汁、それと生姜焼き。
後は水洗いして千切りにした生キャベツ、それから栄養バランスを考え、ひじきとピーマンのいり煮を作っていく。
暫くすると匂いで目が覚めたのか、いのまにか布団の上に立ち上がっていたサキちゃんが、調理している俺の方を興味津々で見つめていた。
「なにちてるの?(なにしてるの?)」
おお、サキちゃんが自ら話かけてくれたぞ!
それに嬉しさを感じる俺もどうかと思うが、これは親子関係が一歩進んだのではないだろうか?
「お昼ご飯作ってるんだよ」
「ごはん? チンちにゃいの?(チンしないの?)」
「……」
要はお弁当を電子レンジで温めないのか? ということなんだろうけど、これにどう返せばいいのかわからない。
とりあえず見せた方が早いと考え、台所にあった食器へ完成した料理を乗せていく。
この家に子供用の茶碗とかが一通りあるのは助かったが、なぜこれでご飯=お弁当となるんだろうか?
(今までミカさんは料理しなかったんだろうなあ……)
頭の中で、そんな結論を出すが、やはり居ない人に文句を言っても仕方がない為、俺は昼食の方を進めることにする。
「布団畳むから、ちょっとどいてくれるかな?」
「あい」
未だに首を傾げて不思議そうな顔をしていたサキちゃんに優しく声を掛け、布団の上から畳へと移動してもらう。
「ありがとう。今、テーブルを出すからね」
朝に布団を干さなかったのは失敗だったなと考えながら、敷きっぱなしだったのを畳んで押入れの中へと片付ける。
壁に立て掛けてあった低く四角いテーブルをセットして料理を運んでいくと、それを目に入れたサキちゃんの顔が、わぁ! と、嬉しそうな表情に変わった。
その変貌を見ていた、俺の心も温かくなっていく。
「食べようか。いただきます」
「いたたちまちゅ。これなに?」
「ひじきとピーマンのいり煮だよ」
「ぴーやん……」
「嫌いなの?」
「……」
何も言わずに黙って俯いてしまったサキちゃんを見て、正直に答えれば俺に怒られるとでも思っているのだなと、なんとなく察しがついてしまった。
でもそんなことで怒鳴ったりする気はないし、食事してる時間というのは楽しくありたいと考えている。
だからサキちゃんが気まずくないよう、しっかりとフォローする必要があるだろう。
「大丈夫だよ、俺も……」
「おれ?」
「……わたしもピーマン嫌いだから」
何か大事な物を失った気もするが、サラリーマン時代の営業で使用していた一人称だと考えれば大丈夫……大丈夫な筈だ。
今の外見がどうとかも関係ない。
そう、サキちゃんが俺とか言い出したら困る。
だからこれは……そう、教育! これは教育なんだ!
「ぴーやんきりゃいにゃの?(ピーマン嫌いにゃの?)」
「うん。ひじきも好きじゃなーい」
「なんでいれたにょ?(なんで入れたの?)」
「身体にいいんだってさ。でもまずいね」
「まじゅい(不味い)」
そんなことを言いながらも俺が食べているからか、サキちゃんも一生懸命に、ピーマンを口へ運んでいた。
「にぎゃい」
「苦いねえ」
俺とサキちゃんはピーマンとひじきのいり煮を食べる度、苦い顔になる。
「「まずーい(まじゅ〜い)」」
この後、昼食を全て完食したサキちゃんの頭を優しく撫で、いっぱい褒めてあげた。
残したら俺が食べるから、それはそれで別に構わなかったんだけど、がんばった努力は認められるべきだ。
こうして俺達はお昼ご飯を、2人で楽しく食べ終えたのだった。
みなさまのお陰でヒューマンドラマジャンルでベスト5以内に入り4位となりました。
まだ反映されてないかもしれないけどブクマも100を突破できました。
評価、ブクマをしてくださった皆様、本当にありがとうございます。