お弁当
「疲れた〜」
不動産会社に紹介してもらった物件の内見をして回り、条件の良かった場所とは無事契約を結び終えた。
というか、スミレさんから秘書の仕事を引き継いだハルの能力が高い。
間取りの広さとか機材を搬入した場合、どういう形になるのか等が、タブレットに資料として入っていた。
なんだろう? この痒いところに手が届く感じは? ハルが便利すぎる。
お陰で事がスムーズに進むので、全く不便さを感じない。
こんなにも優秀であるのなら、是非とも臨時ではなく、正規の秘書として雇ってしまいたいくらいだ。
寧ろ、わたしが現場に行く必要があったのだろうか?
(これ、本気で昇進させるのを考えた方がいいよね。このまま平社員にさせておくのはのは勿体無さすぎるし)
口癖で「疲れた〜」とか言ってるけど、実は全く体力が減ってない。
本当に疲労しているとしたら、それは今日までの仕事が原因だろう。
「よし。会社に戻って、ご飯にしよう」
「なんでだよ? 昼なら渋谷で食べればいいだろ?」
わたしの言葉をハルが疑問に思ったみたいだけど、それも当然だ。
今日は池袋の方から回ったので、段々と本社のある恵比寿に帰って行く形となっている。
そして現在、わたし達が居るのは渋谷だ。
態々、一駅だけ電車に乗って恵比寿に戻り、昼食を会社で摂るのを、億劫に感じているのだろう。
「今日、お弁当持って来てるんだよね」
「ああ、会社の冷蔵庫に入れてあるのか」
「うん」
「なら、あんただけ本社に戻ればいいだろ。俺は外で食べるから」
「どうせコンビニでしょ?」
「……そうだけど」
いつもハルがコンビニで食事を済ませていることを、わたしは知っている。
一緒にモデルをしてる時、カップ麺にパスタ、それにパンやお弁当など食べているのを、よく見かけていたからだ。
しかもハルは選ぶのが面倒なのか、同じメニューを3〜4日は買い続けるので、確実に栄養バランスが偏っていると思う。
昔よりはコンビニ弁当も健康に気を使っているらしいけど、それでもあんな偏食してる所を見たら、心配にもなるってものだ。
「なら、やっぱり会社に戻ろう。お弁当はハルの分もあるから」
「え? なんで?」
「ハル、コンビニ弁当ばっかりじゃん」
「……栄養バランスを心配してくれたって訳か」
「そうだけど……え? なんで苦々しい顔してるの?」
「昔、友達に動物の餌じゃないんだから〜って、注意されたのを思い出しただけだ」
「へー、料理したりとかはしないの?」
「自分で作るより買った方が美味しいし、不味いの食べるくらいなら、そっちを口にした方がいいだろ?」
「そうかもね」
なんか、どっかで聞いた様なセリフだな?
まあ今は料理する男性も多いらしいけど、そのタイプにハルは含まれないってことか。
わたし自身、お弁当を持って来てるのは会食予定が入って無い日やスミレさんと外食する時以外だから、あんまり人の事は言えないんだけどね。
2人で話ながら渋谷駅まで歩き、電車に乗って本社へと戻る。
「お昼食べるの社長室でいいよね?」
「別に構わないけど」
冷蔵庫や電子レンジは5階の休憩所にあって、それを出社してる社員達が使っている。
でも、同様の物が社長室にも置いてあるので、わたし達が上に行く必要はない。
権力、様々である。
いや、わたしが休憩所を利用してしまっては、他の社員達が気を使ってしまうというのが、冷蔵庫や電子レンジを社長室に置かれている本当の理由なんだけどね。
仮にも、会長のダイキさんを抜けばトップの立場になる訳だし。
「お、温まったよ」
お弁当を電子レンジの中から取り出し、机の上に運ぶ。
今日は社長室と言っても、木製のローテーブルと、一人掛けの低く黒い椅子が対面に2席ずつある別室で食事を摂ることにした。
なので、わたしとハルは向かい合う形になっている。
「こっちのがブロッコリーとミニトマト、もう一箱はフルーツね」
「なんでウインナーが4本もあんの?」
「……子供が辛い食べ物を好きなんだよね。だからチョリソーも入れてあるんだよ」
「……そうなんだ」
「さあ、食べよ」
「ああ」
「「いただきます」」
ハルが唐揚げを食べる。
「うまっ」
思わず声に出たという感じに、わたしは満足する。
手料理を異性に振る舞ったのは、女性になってから始めてかもしれない。
あれ? 同性じゃないのか?
異性というのなら、チナツさんやユキさん達なのでは?
でも、もうわたしは女性なんだし、今更同性にはならないのかな?
う〜ん、なんかこのままだと深みにはまりそうだし、考えるのやめておこう。
「唐揚げも、うまっ」
「手作りだからね」
「朝から揚げ物とか、よくやるな」
呆れた顔をしてるハルだけど、食べてる表情は満足そうだ。
それに手作り料理を口にして「美味しい」と言ってくれるのは、わたしとしても嬉しい。
でも、うちの子供が好きなんだというメニューを食べて喜んでいる姿を見ると、もしかして3歳児と同じ味覚なのかもしれない。
せっかく朝から頑張って作った唐揚げと卵焼きがあるのに、そっちよりもチョリソーとカットフルーツを口にして笑うハル。
それに対して、わたしは少し不満を持った。




