くるくる
サキちゃんと手を繋いで、ダイキさんが建ててくれた家から徒歩5分で着く保育園まで歩いて向かう為、わたしは家のドアを開く。
「うわ〜、大雨だね」
「かちゃ! かちゃ!(傘!、傘!)」
「えー、これ本当に差して行かなきゃダメ?」
「だめえ〜」
駄菓子屋に行ってアメンボを見た時と同じく、キャンディーやクッキーが彩られたピンクのレインコートを着て、白ソックスに桃色の長靴を履いた格好をしているサキちゃんが嬉しそうに言う。
「ダメかあ……」
「だめで〜ちゅ」
曇り空から大雨が降って太陽が見えないせいで、外の雰囲気はどんよりと暗いが、サキちゃんの声は明るい。
その原因は、少し前に購入した傘にある。
(送料無料になるからって、親子セットを買うんじゃなかった)
サキちゃんが着用しているレインコートと同じデザインの傘なので、柄はクッキーやキャンディーが入っている。
今まで大人用の方は隠してあったのだが、最近、見つけられてしまった。
わたしが赤で、サキちゃんはピンクと色違いだが、お揃いの模様である。
(可愛いすぎて、傘だけが浮いている)
わたしの今日の服装は、紺色のTシャツにミント色のジャケット、下は白のワイドパンツを履いている。
靴は素足に白いパンプスだが、ヒールの高さは3センチしかないので、そこまで痛くはならない。
ベージュのショルダーバッグを肩から掛けているので、同色の無地な傘を差せば、ファッション的にも浮かないと思う。
でも、ここでお揃いを断ってしまうと、またサキちゃんが泣き出してしまいそうだ。
実は赤くて辛い料理と言いながらも、お弁当に焼いただけのチョリソーを入れて誤魔化しただけだったりする。
なので、もし今、涙を流されでもしたら、確実に要求を増やされるのは間違いないだろうし、わたしとしても、それはたまったものじゃない。
(女の子って、お揃いが好きだよな)
軽く溜息を吐いて、鼻歌を歌いながら手に持った傘を、くるくるしているサキちゃんを見る。
(あんなに、お揃いを嬉しがってくれるのなら、まあいいか)
デザインが可愛過ぎるので、なんとなく気恥ずかしくなってしまったが、わたしの暮らしで1番優先されるのはサキちゃんな筈だ。
大体、職場の撮影やプライベートでスカートも身に付けるし、下着だって着けているのだから、なんかもう今更じゃないか。
(あっ、大分、考えが楽になってきた)
サキちゃんの隣に並び、わたしも開いた傘を右に左に回す。
「ママ、まねっきょ!」
「そうだ、わたしは真似っ子だ!」
「おちょろい!」
「お揃いだね〜」
右に、くるくる。左に、くるくる。
「サキちゃんさあ……」
「にゃに?(何?)」
「こうしてたら、ネコとかイヌのバスって来るかな?」
「あい?(はい?)」
「いや、いつの間にか隣に立ってるって事も……」
「ママ、にゃにいっちぇるの?(何言ってるの?)」
「でも、そうなるとサキちゃんが迷子になる可能性も……」
「ここ、いりゅよ?(ここに居るよ?)」
くるくる。くるくる。
「ママ」
「うん?」
「おちごと、いかにゃくていいにょ?(お仕事、行かなくていいの?)」
「あっ……」
そうだ、仕事に行かないと。
のんびりしてる場合じゃなかった。
「よし、行こうか」
「あい」
サキちゃんと手を繋ぎ、保育園へと歩いて向かう。
目的地が近くなってくると、門前で何かの作業をしているチナツさんが見えた。
白いレインコートを着て、わたし達には背を向けているが、身長的にチナツさんで間違いないだろう。
「ちぇんちぇ、おあよ(先生、おはよう)」
「チナツさん、おはよう」
門前の側まで行き声を掛けた。
わたし達の存在に気付いたチナツさんが振り返り、挨拶を返してくれる。
「サキちゃん、ミカ、おはよう」
「何してたの?」
「鍵に防錆テープを巻いていたのよ」
「へえ〜。雨なのに大変だね」
聞けば門の鍵が壊れでもしたら、安全面を心配する親御さん達も多くなるだろうから、先に対策をしてるとのことだった。
100%大丈夫とは言い切れないだろうけど、やれる事をしてくれているというのは、サキちゃんを通わせている身としても有り難い。
「ミカ、わたしからも聞いていいかしら?」
「うん? なに?」
「なんで2人とも傘を回しているの?」
「……」
「……」
わたしもサキちゃんもチナツさんの疑問には答えず、無言で傘を回す。
「何か言いなさいよ。なんか催眠術にかけられてるみたいで気持ち悪いのよ。柄も同じだし」
「……」
「……」
「ねえ、お願いだから、その動きをやめて。サキちゃんと揃いすぎてて不気味なのよ」
「……」
「……ちゅかれちゃ」
「疲れちゃったか〜、じゃあママは、お仕事に行ってくるね」
「あい。いっちぇらっちゃい(いってらっしゃい)」
「じゃあチナツさん、よろしくね」
「……え、ええ」
サキちゃんに手を振り、背を向けて歩きだすと、後ろから「なんだったのよ」と言っているチナツさんの声が聞こえてきたが、これに意味なんてない。
わたし達が偶然見つけた、ただの遊びなんだから。
「さあ、仕事がんばるぞー!」
我が身を発奮させようと、元気よく声を出して傘を回す。
この遊戯名を『くるくる』と名付け、わたしは駅へ向かった。