可愛いからね
早朝、キッチンでフライパンの上に乗せたウインナーを焼いていると、リビングのソファーに座っていたサキちゃんが足元までやって来た。
「きょうのおかじゅ、にゃに!?」
元気よく、今日のオカズは何か? と、質問してきたが、今、聞かれているのは朝食のことではなく、保育園で食べるお弁当の中身のことだろう。
わたしは菜箸を持っていない左手でサキちゃんの頭を撫でながら、自然と出てくる優しい声色で、先程の問に答える。
「う〜ん、今日はウインナーとねえ、後は卵焼きに唐揚げ、それとブロッコリーとミニトマトかな〜」
「やいちゃ?」
「焼いた? あ、ウインナーか。今してるよ。サキちゃん茹でたのより好きだもんねえ」
「ちゅき〜」
「そっか〜」
「でじゃあとは?(デザートは?)」
「カットフルーツの詰め合わせだよ」
ピンク色の四角いケースに入れられたパイン、キュウイ、ブルーベリーなどを見せると、サキちゃんが目を輝かせる。
「うわ〜。ほうちぇきばこ!」
「宝石箱みたい?」
「いちゅご! いちゅごも!」
「はいはい。じゃあ少しカットした苺を入れとくよ」
「ありあとー!」
ちょっと望みを叶えすぎて甘いかもしれないけれど、いちごは入れた方が彩りもいいし、可愛いく見えるからいいだろう。
それに保育園のお友達とデザートを分けたり、交換したりするのかもしれないし。
女の子だからね。
心の中で言い訳していると、サキちゃんが「あにょね、あちょねぇ(あのね、後ねぇ)」と言ってきた。
どうやら、まだ叶えたい願望が残っていたらしい。
「うん? なに?」
「あきゃくて、かりゃいのもいれちぇ?(赤くて、辛いのも入れて)」
わたしの足に両腕で抱き付き、すりすりと頬を押し付けてきて、甘えてくるサキちゃん。
(うぐっ……いかん、誘惑に負けるな)
「……ダ、ダメ」
「にゃんで?」
(首を傾げた後に、手を組んで上目遣いとか、君は何歳児だ? 3歳だよね。知ってる)
「ダメだからね」
「うみゅ〜」
両頬をプックリと膨らませ、口を尖らせるサキちゃん。
如何にも不満ですといった様子だ。
「おいちいかりゃエリカちゃんちょケイタくんにも、たべしゃせたかったにょに」
「……やめといてあげて」
サキちゃんは大人用の辛さが耐えられるからいいが、普通の3歳児が口にしたら、絶対に泣く。
正直、ケイタ君になら食べさせても構わない気持ちは少しあるが、そんな事をすれば向こうの親御さんから苦情がくるだろうし、巻き込まれてしまうエリカちゃんも可哀想だ。
なので、サキちゃんの頼みは却下した。
「ママ」
「なに?」
「にゃんで、おべんちょみっちゅもあるにょ?(何で、お弁当3つもあるの?)」
「あっ、え、えっと……で、できた! さあ、朝ご飯も食べようか!?」
「ママのおかお、あきゃくて、かりゃいにょ?」
「わたしのお顔は、赤くも辛くもありません! 変なこと言わないの!」
「……お、おこっきゃ! うぅっ……」
「怒ってない、怒ってないよ!」
「う、うわ〜ん!」
「ああっ、ごめん、ごめんね」
わたしは泣いてしまったサキちゃんを抱き上げ、ゆっくりと左右に揺らしながら、軽く背中を叩いてあやす。
「よし、よし」
暫くあやすのを続けていたら、サキちゃんのぐずりも、段々と落ち着いてきた。
「ママ……」
サキちゃんが語りかけてきたので、わたしも最初とは違い、今度は意識して優しい声色を出す。
「なあに?」
「……ぐすっ……ぐすっ……あきゃくて、かりゃいのも」
流石、サキちゃん。
転んでも、ただじゃ起きない。
一体、誰に似たんだ?
「……子供用に味付けした辛さのやつだからね」
「あい」
サキちゃんの中でも、ここが妥協のしどころだったのか、大人用の辛さじゃなくてもいいと納得した。
今、わたしに頼めば、多少の願い事は通ると理解したのだろう。
それも計算じゃなく、直感で。
サキちゃん、恐ろしい子。
わたし、君みたいに勘のいい子は大好きだよ。
だって、サキちゃんが見せる喜怒哀楽の表情は、どれも可愛いからね。