いつもより甘い
スミレさんを追放した。
いや、解雇にした訳じゃないんだけど、現時点で会社には出勤してないし、家でも仕事をしていない。
ならば何故、身近な所から追い払ったのかと理由を言うと、あの人が働きすぎとわかったからだ。
この前、無理やりハルに仕事をさせていた事に対し、わたしがパワハラだと叫んで怒ったが、後々、スミレさんの予定を確かめてみれば、ぎっしりとスケジュールが詰まっていた。
主に、わたしの管理や会長のダイキさんから頼まれた仕事で……。
つまり、スミレさんを追い詰めた責任が誰にあるのかというと、それは会社の頭になる社長だろう。
ダイキさんは会長とはいえ、一応は引退してて、今は名誉職な訳だしね。
社長とは誰か? そう、わたしだ!
「ああぁ〜、やっちゃったよ。秘書が優秀すぎるばかりに、甘えすぎた……」
社長室の椅子に座り、目の前にある机の上に顎を乗せて、右手で頭を掻く。
モデルを見て興奮するのは完全にスミレさんの趣味だが、あんな仕事中毒にしてしまった一因は、わたしにある。
パワハラ問題があった日の夜、我が家で減給問題の話をスミレさんとしたんだけど、彼女は大泣きしながら「忙しすぎて、友達とも遊べない。婚活もできないから彼氏も作れない」と愚痴を零した。
因みに、この日のお昼はファミレスで、お子様ランチのオムライスを食べたサキちゃんが、ご機嫌でした。
チナツさんとも仲良く食事できたし、スミレさん関連以外は、中々良い休日を過ごせたんじゃないかなと思う。
サキちゃんって、初めてファミレスへ行った時に食べたオムライスが本当にお気に入りになってるみたいで、あんまり違うメニューは頼まないんだよね。
たまには別のセットにしたら? と薦めてみても、返答は「おむらいちゅ!」の一択だし。
でもスプーンで口一杯に頬張ってる姿は、相変わらず可愛すぎた。
……って、今は、サキちゃんの話じゃなくて、スミレさんのことだった。
あの時の彼女は、わたし達の家で愚痴を零しながら鼻水を垂らし、涙を流し、ぐちゃぐちゃな顔になっていた。
それはもう女性が、それでいいのかと、こちらが微妙な表情になる程である。
なので、夏休みを取らせた。
スミレさんには是非、この期間内に彼氏を作るなり、結婚相手を見つけるなりと、がんばって欲しいものだ。
1番の目的は、身体を休めてもらうことなんだけどね。
で、専属秘書のスミレさんがいなくなると、新しい人材を募集しなければならない訳。
広告を出すなりして外から雇ってもよかったんだけど、社内で手の空いてる人とかいないかな? と探した結果、3人程の候補が見つかった。
そして今、スミレさんの代役で、わたしの秘書となっているのは、紺色のスーツを着こなしてはいるが、耳元はピアスだらけという1人の男性である。
「ハル、次の予定は?」
「ネット販売している倉庫への視察、新しく始めるエステ、ネイルショップに関してのオンライン会議と店舗探し、夕方には会社へ戻って来ての撮影、それが終わったら帰宅」
「毎日忙しいなあ……」
「あんたが土日は家で過ごしたいって言うから、平日の仕事が多くなってるんだろ。秘書になってみてわかったけど、スミレさんは、よくスケジュール管理してくれてたと思うよ。引き継ぎだって完璧だったし」
「だよねえ」
「この後は外に出るんだから、さっさと、お昼を済ませて休憩しとけ。じゃあな」
「どこ行くの?」
「コンビニ」
ハルは社長室から出て行き、室内に1人取り残される。
部屋の外から聞こえてきた足音が小さくなっていき、そのまま消え去ると、わたしは頭を抱えて叫んだ。
「なんで新入社員なのに1番手が空いてるんだよおー! 候補だった女性達はハル君が秘書仕事をしたいならとか言って辞退しちゃうし……。しかもスミレさんがいなくなってから、毎日、毎日、ほぼ2人切りだから心拍数が上がって、このままじゃ心臓が持たない!」
本当に、わたしの身体はどうしてしまったのだろうか? 男性に恋をするなんて謎は深まるばかりだ。
そもそも新入社員って、社畜みたいに働き、家に帰ったら泥のように眠る者なんじゃないの? 少なくとも前世では、そうだった気がする……覚えてないけど。
「作ってきた、お弁当食べよう……」
秘書の仕事は、無理やりさせている訳ではなく、ハル自らが希望した。
なんでも社長の近くにいたら、煩わしい上司から解放されたりするし、その他にも色々とメリットが大きいというのが理由らしい。
それを、わたしにハッキリと言うのもどうかと思うが、これまでハルがしてきた秘書の仕事振りは完璧だ。
どうやらスミレさんが言った『優秀』という言葉に間違いはないようである。
それとモデル仕事の方も、そのままハルは続けている。
でも安く働かせ続けるのも可哀想なので、話し合いの末、特別手当を出す形をとった。
最初はモデル仕事を辞めると考えてたから、なんで続ける気になったの? と聞いてみたら「……今更だし、放っとくと、碌でもない事をしそうな気がする」と言われてしまったが、全くもって心外である。
「あれだ、ハルって、わたしに対して過保護なんだ」
口が悪い時もあるけど、心配してくれているというのが嫌でも伝わってくるし、わたしがサキちゃんに対して優しく接しているのに似ているかもしれない。
ハルは仕事も対人関係も器用にこなす。
でも、わたしには嫌味を言う。
もしかしたら、これって特別に扱われているんだろうか?
部屋の中に誰もいなくて、よかった。
きっと今、お弁当を食べている、わたしの真っ赤な顔を見られたら、社員達が「熱でもあるんですか!?」と騒ぐに違いないから。
口の中に入れた卵焼きは、いつもより甘く感じた。
話の流れはできてるんですけど、恋愛ジャンルにしてから作るのが本当に難しいんですよね。
書いてる途中で大幅に内容を変更したりもするので……。
なので、これからも投稿が不定期になってしまう為、ブクマ推奨です。
お読みいただきありがとうございます。




