平和
「へぇ、じゃあスミレさんはダイキさん達に、わたしの面倒を見るよう頼まれたと?」
「ええ、そうです」
お風呂に入った後、1階のリビングにあるL字形の青いソファーに座り、白いテーブルに並べられた料理を口にしつつ、スミレさんと会話する。
シャンプーもして歯も磨いたし、身体も洗った。
口内も念入りに、うがい薬で洗浄したので、大分お酒臭さも和らいだと思う。
その証拠に、サキちゃんが隣に座ってくれている。
目の前にも2人掛けの青いソファーがあり、そこにはスミレさんが腰掛けているが、ウチの小さな天使は、わたしの横を選んだのだ。
残念秘書、ざまぁみろ!
「ミカさん、なにニヤついてるんですか? 少し気持ち悪いですよ」
「え? あ、うん。ごめん」
少し悪ノリしたけど、酔っぱらった、わたしの面倒を見てくれたスミレさんに対して、別に怒ったりはしていない。
寧ろ迷惑掛けて、すまないと思っているし、泊まってまで世話をしてくれていたとか、有り難い限りである。
「スミレさんも土日祝が休みなのに、わたしの面倒を見る事になって悪いね」
「休日出勤扱いになってるんで、特別手当が出てますけどね」
これ、仕事だったのか。
話を聞くと、飲み会の夜にサキちゃんの面倒を見てくれていたダイキさんとヒナタさんは昼から予定が入っていたらしく、今日の朝早くに帰宅したそうだ。
たけど昨日、わたしが家に着いた時の酔っぱらい具合を見て心配し、スミレさんに家へ残ってもらい、そのまま世話をするよう頼んでくれたらしい。
どんな醜態を晒したのかわからないが、これは後で2人にも謝罪しなければならない。
サキちゃんは先に寝ていたらしく、わたしの無様な姿は見ていないということだったので、それだけが救いだ。
「スミレさん、悪かったね。もう平気だから、ご飯食べたら帰って大丈夫だよ」
「わかりました。お暇させていただきます」
朝ご飯を食べ終わり、洗い物を片付けた後、サキちゃんと一緒にスミレさんを玄関まで見送る。
「では、失礼します」
「お疲れ様」
「そういえばミカさん、来週から撮影仕事が多いので、ちゃんと体型はキープしといてくださいね」
「え〜、いい加減にプロのモデルとか、タレントを雇おうよ……」
「うーん、でもミカさんの人気も出てきてるんですよね。何より、そこまで経費がかさみませんし」
(費用が掛かってもいいから、プロの人を雇ってもらった方が、わたし的には有り難いんだけどなあ)
「そういえば、メンズモデルを雇おうって話が会議で出てたけど、誰にするか決まった?」
「ええ、ミカさんには朗報ですよ。喜んでください」
「嫌な予感しかしないんだけど……誰になったの?」
「ハル君です」
「げぇっ!」
「またまた〜、恥ずかしがっちゃって。昨日は女の顔してたくせに」
「……」
「では、お疲れ様でした。サキちゃん、またね」
「あい」
スミレさんはニヤニヤした笑顔を浮かべながらドアを開けると、手を振り、家から出て行った。
タクシーに女性を放り投げる男と、来週から一緒に撮影するとか、それは朗報ではなく悲報である。
「ママ」
「なに?」
「サキ、いいこちてた?」
「うん」
朝ご飯を食べてる時も大人しかったし、玄関までスミレさんを自分から見送りにも来たし、いい子だったと思う。
お酒臭いと言われたり、うるさいと注意された時は焦ったけど、あれはわたしが悪いし。
というか、本当に3歳だよね? しっかりしすぎてきてない?
「ごほうびほちい(ご褒美欲しい)」
「お姫様、何が望みですか?」
「あかくて、かりゃいの」
「赤くて辛いの? ああ、お昼ご飯の話?」
「あい。よりゅ(夜)でもいい」
「うーん、赤って感じじゃないけど、チーズタッカルビとかでいいかな?」
「おいちい?」
「甘辛くて美味しいよ」
「たべりゅ(食べる)」
「わかった」
自分の望み通りな結果にする為に大人しくしてたとか、計算高すぎない? もし狙ってやってるんだとしたら、少しサキちゃんの将来が心配だ。
いや、これは逆に頼もしいのか?
「お昼は、それでいいとして、それまでは何しようか?」
「え〜ちょね、えっちょ……おりがみゅ!」
「折り紙か。ならサキちゃんの部屋に戻って遊ぼうか?」
「あい!」
「折り紙で、なに作るの?」
「うしゃぎ!」
「ウサギさんか〜」
ああ、平和だ。
土日祝をサキちゃんと遊ぶ為、平日は仕事を、がんばっていると言っても過言ではない。
来週からの撮影を考えると気が滅入るが、今は2階に上がり、ただ無心で折り紙を折ることにしよう。
「ママもウサギにしようかな?」
「いいよ!」
サキちゃんが、笑った。