怒鳴り声
土曜日の朝、ズキズキする頭の痛みで目が覚める。
「うぅ〜、完璧に二日酔いだ。あれ?」
隣を見てみれば、いつもは側で寝ているサキちゃんがいなかったので、慌てて飛び起きる。
身体はだるいが、もし誘拐なんて事にでもなれば、すぐに行動しなくてはならない。
「あっ、いた」
ピンク部屋の隅っこには、プリンセス城形のキッズテントがある。
天蓋カーテンは薄桃色で透けていて、同色の絨毯の上には子供用の布団が敷かれ、そこでサキちゃんは、クマのぬいぐるみと一緒に寝ていた。
事件性がなくて安心したが、なんで離れて眠っているんだろう?
それに最近は常に隣で寝ていたので、急にいなくなられたりすると落ち着かない。
なにか、わたしが嫌われるようなことでもしてしまって、サキちゃんが距離を取っているのだろうか?
というか、いつ自分が飲み会から帰ってきたのかも、記憶がない。
サクラシバを見てる時とは違う意味でドキドキしていると、瞼を開けたサキちゃんが起き上がり目が合った。
「おあよ」
「サキちゃん、おはよう」
「うあ〜」
サキちゃんはアクビをした後、仰向けに倒れて身体を伸ばし、再び起き上がる。
「なんでそっちで寝てるの?」
「ママ、へんにゃにおいちゅる……」
「変な匂いがする? あ、お酒か!」
「おちゃけ?」
「うん、たぶん……というか、それのせいだね」
「ママ、おちゃけくちゃい!(お酒臭い!)」
「……」
もし今の状況が漫画で書かれていたとしたら、わたしの後ろには、ガーーン! という文字が太く出ていることだろう。
ずっと、お酒くさい親になるのを避けてきたというだけに、サキちゃんの口から言われると衝撃が凄い。
「……お、お風呂入ってくる」
「あい」
「サキちゃんも入る?」
「いや〜」
一緒に入浴する? という、誘いを断られてしまった。
お酒の匂いに対する、拒否反応が凄い。
「わかった。お風呂には1人で入ってくるよ」
考えてみたら、お酒はミカさんも飲んでいなかったみたいだし、サキちゃんだってアルコールの匂いには慣れていないのだから、嫌がるのは当然かもしれない。
いつもなら、お風呂に入ると聞けば「サキも!」と言って付いてくるのに、今回は大人しく部屋で待つ事にしたみたいだ。
少し寂しさを感じるが、この様な結果を招いたのは、お酒を間違って飲んだ自分である。
そう、わたしが悪いのだ。
(もう2度と、お酒なんて飲まないぞ!)
わたしは心の中で強く決意しながら、お風呂場がある1階へと降りる。
(なんか、いい匂いがする。お味噌汁かな?)
もしかして、わたしの酔っぱらい加減を見兼ねて、お義母さんであるヒナタさんが家に泊まり、今日の朝ご飯でも作ってくれているのだろか?
もし、そうなら申し訳ないと思いながら、リビングキッチンにいる人物の方へ視線をやると、調理をしていたのはスミレさんだった。
「あ、起きました? ミカさん、おはようございます」
「スミレさん、おはよう。えっ? なんでいるの?」
「もうすぐ、しじみの味噌汁ができますからね」
「いや、そうじゃなくて……」
「えっ? 後はアジの干物に、水菜と切り干し大根のサラダですよ?」
「朝食のメニューを聞いてるんじゃなくて……」
「もしかして白米の方が良かったですか? 玄米にしちゃったんですけど」
「どっちでも構わないけど、だから……」
「お風呂も沸いてますよ」
「ありがとう」
「いえいえ、昨日は家に着くなり、そのまま寝ちゃいましたからね。まずは身体を洗ってサッパリしてください」
「そうだね」
「服と部屋も借りてますよ。このキャミソールいいですね。ミカさん、昨日着た後、すぐに全色購入してましたもんね」
「楽だよね」
「少し胸元が気になりますから、こんな格好じゃ外出できませんけどね」
おい、そのキャミソール姿で飲み会まで行かせたのは誰だ?
しかも、わたしが黒を着て、スミレさんが白を身に纏っているから、なんか芸人のコンビみたいになってるよ?
そして何がとは言わないが、スミレさんもEはあるらしく、ある1点が目立っていた。
わたしと並んで歩いた時、よく他の人達から2人とも注目されるが、これが原因である。
(着痩せするタイプなんだな)
「って、そうじゃない! なんでいるの!?」
「ミカさん、飲み物はどうします? お茶でいいですか?」
「聞けよ!」
1階で騒いでいると、上からサキちゃんの怒鳴り声が聞こえてくる。
「うるちゃい!」
「「ごめんなさい」」
大人2人が、3歳児に謝る朝でした。