お姫様抱っこ
なんかふわふわするけど、宙に浮いてるみたいで凄く気持ちいい。
どこかで、これと似た様な感覚を経験した覚えがあるけど、それはいつの頃だっただろうか?……あ、思い出した。
昔、というか、前世で親に抱っこされていた時と同じだ。
母や父の顔など、全く思い出せないが、この感覚は覚えている。
(懐かしいな……)
自分が瞼を閉じていることに気付いていたが、あまりの気持ち良さに起きたくなく、そのまま目を瞑っていると、スミレさんの声が聞こえてきた。
「ハル君、ごめんね。外に呼んであるタクシーまででいいから」
「うん」
(スミレさんとサクラシバって、敬語なしで会話するくらいには、仲が良いんだな)
「まったく、間違って他人のお酒を飲んで潰れるとか、ミカさんって間抜けよね」
「……そうだね」
「でもハル君みたいな男性に、お姫様抱っこされるのなら、それも幸せなのかしら?」
「……」
2人の会話が耳に入った時、わたしは嫌な予感がして、カッ! と目を見開くが、視界に入ってくる景色は少し揺れていた。
「あ、起きました?」
「スミレさん……ここは?」
朦朧とした意識の中、軽くクビを振って周りを見てみると、2人は薄暗い居酒屋の通路を歩いている最中だった。
そしてそのうちの1人が、わたしを、お姫様抱っこしている。
段々と焦点が定まってきて、少し右斜め上を見てみると、美形なサクラシバの顔があった。
なぜかはわからないけど、とても恥ずかしくなり、急激に顔が赤くなる。
「お、おろへ!(降ろせ!)」
「ちょっと、暴れないでくださいよ。ハル君は酔い潰れたミカさんを運んでくれてるんですから」
「ひょうなの?(そうなの?)」
わたしを持ち運んでいるヘーゼル色の瞳をした人物を見てみると、サクラシバも大分酔っているのか、顔が真っ赤だった。
「そうですよ〜。だからミカさんは大人しく、ハル君に運ばれといてくださいね〜」
赤ちゃんをあやすみたいな口調のスミレさんに少しイラッとしたけど、介抱してくれている男性に向かって叫ぶとか、わたしって物凄く礼儀知らずだったのではないだろうか?
これは反省しなければならないし、お礼も言うべきだ。
「さくらちば、ありあと!」
「サクラシバ、ありがとうと言ってます」
「いや、わかるよ」
わたしが礼を述べ、スミレさんが通訳し、サクラシバが解読する。
なんていい、コンビネーションだ。
ちょっと何を言ってるのか、よくわからないけど、酔っぱらいだから、多少は大目に見てほしい。
いや、お酒を飲んだからといって、周りに迷惑を掛けていい訳じゃない。
これは後で、きちっと、みんなに謝ろう。
「先に支払い済ませちゃうから、ハル君は、ミカさんをタクシーまで連れて行っといてくれるかな?」
「わかった」
「多めに払っとくから、後で他の社員達と好きに飲んでね」
「うん」
「さくらちば、しゅみれちゃん、ごめんにゃ〜(サクラシバ、スミレさん、ごめんね)」
「ミカさんは、騒がず大人しく、ハル君にタクシーまで運ばれてください」
「あい!」
未だに、お姫様抱っこをされている恥ずかしさはあるが、もし今、立ち上がっても上手く動けそうにない。
なので外に停まっているタクシーまで、わたしは大人しく運んでもらうことにする。
「あんたってさ、いつもそんな格好で外をうろついてるの?」
「ちあう(違う)」
サクラシバの質問は、いつも寝巻で出掛けているのか? ということだと思うが、呂律も回らないし脳も働いてないので、上手く答えられない。
そもそも、黒のキャミソール姿で外出してる原因は、この格好のままでいいと言ったスミレさんにある。
「ふーん、でもまあ、そんなにお酒が弱いなら、男といる時に飲むのはやめときなよ」
「にゃんで?(なんで?)」
「自分で考えろ」
開いたタクシーのドアから、中へドサっと、投げ捨てるように放り込まれた。
「いひゃい(いたい!)」
「うるせえ」
なんだこの態度は? 確かに迷惑かけたのは、わたしの方かもしれないが、一応社長だぞ? こんな扱いを新入社員がしていいのか?
心の中で文句を言っていると、ヘーゼルの瞳が見つめてきて、その目の持ち主であるサクラシバが口を開く。
謝罪の言葉か? よし、聞こうじゃないか。
「ばーか」
こいつ、小学生か!?
「おまにゃんて、きりゃいだ!(お前なんて、嫌いだ!)」
帰りのタクシーの中、スミレさんに「お姫様抱っこされるとか、上手くやりましたね」なんて言われたが、わたしはアルコール以外の原因でムカムカしていたので、それどころじゃなかった。
しかもサクラシバの奴、残念秘書が居酒屋から出て来た時、なにもありませんよ? みたいな顔でシレッとしてるし、本当に気に食わない。
あの、猫かぶりめ!