サキちゃんと一緒
ダイキさんとヒナタさんの別荘に行った後の話です。
「きょうえんいきゅ」
「えっ? 公園行くの?」
昨日、サキちゃんの祖父母であるダイキさんとヒナタさんの別荘から帰って来たばかりなので、少し休みたい気持ちがある。
「ぶりゃんこ……」
「ブランコか……」
「のりゅ!(乗る!)」
初めてダイキさん達の別荘にお邪魔した時、ブランコやスベリ台で遊ぶ事ができなかったのを、サキちゃんは気にしてるみたいだ。
まだ小さいから無理はさせたくないが、せっかくウチの小さな天使が苦手を克服しようとしているのなら、わたしは応援してあげたい。
きっと今流れてるテレビの中で、ピンク髪の魔女っ子が友達と楽しそうにブランコに乗っているとか、そんなアニメの内容とサキちゃんの行動は一切関係がない筈である。
「そっか、じゃあ公園に行こう!」
「あい!」
サキちゃんは茶色いウサギパーカーに黒のショートパンツを履き、紫色の靴にピンクの紐が通ってるスニーカーを履いて準備万端だ。
わたし? わたしの服装は黒の半袖パーカーに、下は同色のガウチョパンツ。
半袖の薄い生地に冷感素材という優れ物がネットで売っていたので即購入した。
しかもホワイトとブラックのセットで2千円以内と、何ともお買い得であった。
ガウチョパンツは七分丈で裾が広がっており、シルエットがゆったりとしているので、足を揃えて立っているのを遠目に見たらスカートを履いてると勘違いするかもしれない。
だが違うのだ。
わたしがミカさんになってから、まだ1度もスカートを履いた事などないし、これからも着用するつもりはない。
遠目から見たら勘違いするかもしれないが、これはパンツスタイルなので、全然構わないのだ。
いや、わたしは、何を熱く語っているんだろうか?
「じゃあ行こうか。抱っこする?」
「らいりょぶ(大丈夫)」
「そっか。辛かったら言うんだよ? じゃあ、おてて繋いで行こうか?」
「あい!」
サキちゃんと手を繋ぎ、歩いて近所の公園へと向かう。
目的地に着くと、他のママさん1人と、6歳と4歳くらいだろうか? 2人の姉妹らしき人物が砂場で遊んでいた。
だけどそっちには目もくれず、一直線にサキちゃんは空いているブランコへと向かう。
(大丈夫かな?)
サキちゃんとユキさんが大泣きした公園なので嫌なイメージしかない場所だが、小さな子が苦手克服をしようとしてるのだから、わたしだって努力しなければならない。
トテトテとブランコへ向かうサキちゃんの隣に並び、同じ速度で歩く。
横を見ると、何かを決意した様な力強い輝きを、小さな身体の瞳から放っていた。
(なんか、わたしが緊張してきた……)
もしかしたらサキちゃんは別荘に行った時、ダイキさんに「じいじと一緒にブランコ乗ろうか?」と言われて「やりゃ」と断ってしまったのを、ずっと気にしているのかもしれない。
せっかく、おじいちゃんおばあちゃんと遊べる機会だったのに、それを自ら手放してしまったのが嫌だったのだろう。
サキちゃんのトラウマの事をダイキさんとヒナタさんには説明したので、一緒にブランコに乗るのを断られた理由には納得してくれている。
それに結局、別荘では宝探しやかくれんぼをして遊んだが、それはそれでみんな楽しそうだった。
「の、のりゅ……」
ブランコのチェーンを掴み「乗る」と決意を口に出すサキちゃんだが、表情は曇っているし、今にも泣き出しそうだ。
すぐ後ろで見守っているが、応援する事だけしかできない自分が歯痒い。
どうすればいいんだろう? と考えていた時、砂場から子供の声が聞こえてきた。
『ママー! これ見て!』
『あら、上手ね』
『わたちのはー?』
『こっちも上手いわよ』
『トンネルほろ!』
『うん!』
『『ママ、見ててね!!』』
『はいはい』
子供の声がした時から、サキちゃんは砂場をジッと見つめている。
わたしが姉妹の方に視線をやると、集中しているのか、2人は無言でトンネルを掘っていた。
「ママ……」
ボソッと呟いたサキちゃんの声が聞こえた時、わたしは自然と反応していた。
「なに?」
声を掛けられた後、サキちゃんは不安気な顔になりながらも、何かを期待する様な眼差しでわたしを見つめ、もう1度先程の言葉を口にした。
「ママ……」
「うん、な〜にぃ?」
「ママ! ママ!」
「なんだよ〜?」
昔であれば、どうせならパパと呼ばれたいと考えたのかもしれないが、いつの間にか自然と反応してしまう程、わたしはサキちゃんのママになっていたのだろう。
本物の母親ではないかもしれない。
血は繋がってないかもしれない。
でも注いでる愛情は、他の誰にも負けてない筈だ。
それに新しい母親だと理解したのか、サキちゃんも、とても嬉しそうに笑っている。
本物の両親であるイツキさんとミドリさんは亡くなってしまったが、それでも、「ママ」と呼べる存在は必要だろう。
まだ小さいサキちゃんには、甘えられる母親がいた方がいい。
「ママ!」
「なに?」
「いっちょ!」
「一緒?」
「いっちょにのりゅ!」
「一緒に乗る?」
勢いよく手を引っ張られ、そのままブランコに座らされる。
「だっきょ!」
「抱っこ? ああ、なるほど。よし、おいで」
ブランコに座りながら、目の前で後ろ向きに立っているサキちゃんを持ち上げ、そのままヒザの上に乗せる。
カンガルーの親子とは、こんな感じなんだろうか? という無意味な考えを吹き飛ばし、両腕で小さな身体を支える。
「大丈夫?」
「らいりょぶ」
決して揺らさず、一緒に目の前の景色を眺めているだけだが、ブランコには乗れた。
きっと傍から見てる人には、これがどんなに凄い事かわからないだろう。
でも、わたしは知っている。
今日のサキちゃんが、凄くがんばったというのを理解してるからね。
「よし、帰ろうか」
「かえりゅ?」
「うん」
ブランコに座れたんだから、揺らすのは、また今度でもいいだろう。
徐々に慣れていけばいいさ。
先にサキちゃんを降ろした後、わたしは目の前まで行き、しゃがんで視線を合わせる。
そして右手を伸ばし、頭を優しく撫でた。
「がんばったね」
「……」
「偉かったね」
「……」
「凄いよ」
頭を撫でながら、ずっと褒めていると、サキちゃんの目から一粒の涙が零れ落ちた。
「あい……」
ああ……これは悲しくて泣いてるんじゃなく、嬉し涙を流しているんだ。
嫌な思い出が多かった公園だけど、やっと好きな場所になりそうだ。
だって、サキちゃんと一緒のブランコは格別なのだから。
「ママ」
「うん?」
「いっちょにぶりゃんこのってくりて、ありあと(一緒にブランコ乗ってくれて、ありがと)」
「あい!」
「ママのへんち、へん!」
「返事が変だった? そうかな〜?」
「ちょう!(そう!)」
「そっか、じゃあ帰ろうか」
「あい!」