3時のおやつ
時間軸としてはサキちゃんの祖父母であるダイキさんとヒタナさんに会った、少し後になります。
チッ、チッ、チッと、何故か部屋の隅に置かれている壁時計の秒針が回る。
煙突のある一軒家でハト時計と同じ形をしており、左端にはピ○ノちゃん、右端にはマ○メロが立っていて、ハトが出てくる窓からはリス○んが顔を出している。
秒針は濃いピンクで数字は茶色だが、12、3、9、6の上には大きなハートマークがあり、これも桃色だが薄くはない。
(気に入ってるなあ)
このオンボロアパートの中に時計が無いと知ったミドリさんが送ってきたものだが、とても可愛らしいデザインをしているので、すぐにサキちゃんのお気に入りになった。
あまりにもピンクが好きなので、そのうち全身桃色のスーツを着たり、カメラを持ったらフラッシュを焚きまくったりする人にならないか、少し将来が心配でもある。
「もうちゅぐ(もうすぐ)」
ずっと寝転がりながら秒針を見つめているサキちゃんだが、まだ時計は読めないのに、何を待っているんだろう?
「うみゅ〜」
サキちゃんの声に釣られて時計を見てみると、時刻は後5分で午後3時となるところだ。
ウチの小さな天使の眉間に少し皺が寄っているところから、何か困った事が起きているのかもしれないので、心配になったわたしは声を掛けてみる事にした。
「サキちゃん、どうしたの?」
「もうちゅぐ……」
「えっと、なにが?」
「おやちゅのじきゃん!」
「ああ、おやつの時間か……」
なんだ、心配したけど、体に異常があるとかじゃなくてよかった。
って、おやつ用意してない! どうしよ!?×3
スミレさんに「モデルする事になるから、体調管理はしっかりしてね」と言われたので、甘い物は控えようと考えていたんだった。
でも、それはわたしの理由であって、サキちゃんには何の関係もない。
これで今日のおやつはありませんなどと伝えようものなら、大泣きする事は確定だ。
(えー!? 冷蔵庫に、何かあったっけ!?)
「きょうのおやちゅ、にゃに?(今日のおやつ、なに?)」
「えーとね〜、あ、あははは」
脳をフル回転させて、家の中にある材料を思い出す。
少し暑くなった時にカキ氷を作って食べようと考えていたから、いちごとメロンのシロップがあるのを思い出した。
炭酸水も冷蔵庫に入ってるし、ソーダでも作るか? でもそれでサキちゃんは納得するだろうか? これじゃおやつじゃなくて、ただのジュースだし。
(あ、そうだ! ユキが焼き肉の時に持ってきたアイスがあるから、アレにしよう!)
すぐに答えてくれなかった事が不思議だったのか、サキちゃんは首を傾げている。
そしてその表情は不安気になり始めていた。
「おやちゅ、にゃい?(おやつない?)」
「あるよ!」
少しでも安心させようと、サキちゃんの質問に対して、すぐに答える。
「今日はクリームソーダだよ」
「くりむちょだ?」
「うん。サキちゃんのは、いちご味だぞ〜!」
「やっちゃ!」
「やったね〜」
正確には飲み物がいちごソーダでアイスはバニラだから、全てがストロベリー味かと言えば違うが、それは大した問題ではないだろう。
食べれば美味しいのだから、細かい事は些細な問題だ。
「じゃあ作ってくるね」
「あい!」
台所へ行きソーダグラスを2つ用意して、1つにはシロップのいちごを、もう片方にはメロンを入れた後、上から炭酸水を注ぐ。
そしてアイスクリームを乗せて、保存食用に購入していた缶詰めを開け、各々のコップにサクランボを飾りストローを挿せば完成だ。
(そういえば、このバニラってハーゲンなんだよね)
クリームソーダに使うアイスとしては勿体ない気もするが、考えたら泥沼にハマりそうなので、そこは置いておく事にする。
うん、美味しければいいんだ。
「できたよ〜」
「おやちゅ!」
「これがクリームソーダだよ」
「うみゅ?」
初めて見たクリームソーダが不思議なのか、サキちゃんは目の前に置かれた赤い液体をジッと見つめている。
「どきゅ?」
「え? 毒じゃないよ! なんで?」
「ちゅわちゅわちてる(しゅわしゅわしてる)」
「あ〜、初めて炭酸飲むのか」
「にょんで?」
おお、いちごソーダを差し出してきて、毒味を申し渡されたよ。
疑われるのも悲しいので、わたしはスプーンで赤い液体を掬って口に運ぶ。
「うん、美味しい」
「ほんちょ? らいりょぶ?(本当? 大丈夫?)」
「平気だよ。要らないのなら、全部わたしが食べちゃおっかな〜」
「だめ!」
おやつを全部取られると思ったのか、サキちゃんは急いでアイスクリームをスプーンで掬い、そのまま口に運んだ。
「おいちい!」
「美味しいね〜」
甘く豊かなバニラの香りに、舌に冷たく、優しく溶ける心地よさ。
メロンソーダを飲めばアイスのしつこさを炭酸が洗い流してくれるので、いくらでも食べられそうだ。
(後で運動しなきゃ)
サキちゃんはアイスを食べ続けていたが、喉が乾いたのか、初めてストローを咥えた。
いちごソーダを勢いよく吸い込み、そしてそのまま、赤い液体を口から吹き出す。
「ちゅわ!……ちゅわ!」
「しゅわしゅわしたか〜」
「どきゅだった!(毒だった!)」
「だから違うってば!」
どうやら、初めての炭酸は刺激的すぎたようだ。
この後、サキちゃんはソーダを少しずつ口に含んで飲める様になったけど、わたしの心には毒を疑われたという傷が残る事となった。
次でSS回はひとまず終わります。