アメンボ
「きゃいもにょいこ!(買い物行こ!)」
「え? 出かけるの? 今、雨降ってるよ?」
普段は引きこもりのサキちゃんが珍しく外出したくなったみたいだが、ボロアパートの窓から外を眺めて見ると土砂降りだ。
こんな状況で買い物に行くのは、できれば遠慮したい。
「きゃっぱ!」
「ああ、新しく買ったカッパが着たいのか」
「ながぐちゅも!」
「長靴も履きたいんだね」
「ちょう!(そう!)」
最近、ネットでピンク色のレインコートにアイスクリームやキャンディなどの柄が入った物と、透明なリボンが付いてラメの入った桃色の長靴を購入したので、それを着てお出かけがしたいみたいだ。
普段は家に引きこもっているサキちゃんが、せっかく外出したいと言うのならば、雨だからとか言い訳せずに付き合ってあげるべきだろう。
「うーん、どこに行こうか?」
「ちゅーぱー?」
「料理の材料はあるし、スーパーは用がないかな? そうだ! 駄菓子屋さんに行こうか?」
「だがち?」
「うん、駄菓子。サキちゃんのお小遣いで、お買い物しよう」
「さんびゃくへん!(300円!)」
「うん、でも100円でいいよ。1枚だけ持ってきてくれるかな?」
「あい!」
サキちゃんはテレビと台の隙間から100円玉を1枚だけ取り出す。
いや、ネコの貯金箱を買ったんだけど、なぜかそれにはお金を入れずに、あそこへ隠すんだよね。
「じゃあ、そのお金をお財布に入れようか」
「かえりゅしゃん、あ〜んちて」
これも最近サキちゃん用に購入した財布だが、お金を入れる時は緑色のカエルが硬貨を飲み込む形になる。
裏地が赤色なので、なんかがま口を開くと妙に中がリアルだ。
「じゃあ行こうか」
「あい!」
オンボロアパートから外に出ると、目の前には大きな水たまりができている。
そしてサキちゃんは、そこへ一直線に向かった。
「ぱちゃ、ぱちゃ」
お気に入りの長靴で水たまりを踏み続けるサキちゃん。
大人の自分としては、何が楽しいのかわからないが、その顔は満足そうだ。
「車来たら危ないから、真ん中は行っちゃダメだよ」
「あい!」
今居る場所は道路の端っこなので、まだ安全だが、いきなり飛び出して中央に向かったりしたら危険だからね。
わたしは水たまりには入らず、そばでサキちゃんを見守る。
「ぱちゃ、ぱちゃ」
「楽しい?」
「たのちい!」
「そっか、良かったね」
暫く水たまりを踏んで満足したサキちゃんと手を繋いで、近くの駄菓子屋へと向かう。
到着すると、店内には様々なお菓子が置かれていて、それを見たサキちゃんの目が輝く。
「おかち!」
「うん。100円で色々買えるから、好きなのを選んでね」
硬貨を紙箱の中に入れて、お菓子を選び始めるサキちゃん。
うーん、うーん、と迷っているが、自分のお金で買い物をするという経験は格別だろう。
結局、色々と悩んだ挙げ句、チョコレートのお菓子を多めに購入する事にしたみたいだ。
お金が足りなかったら口を出そうと思ってたんだけど、偶然にもサキちゃんが選んだ駄菓子は100円ピッタリだった。
もしかしたら、ウチの子は天才なのかもしれない。
「ありがとね」
駄菓子屋を経営してるお婆さんに礼を言われて、お店を出る。
「はれちゃ……」
「晴れたね〜」
どうやら駄菓子屋で買い物をしてるうちに雨が上がったみたいだ。
晴れ空になって、少し残念そうなサキちゃんだったけど「水たまりは無くなってないから、またパシャパシャできるよ」と教えたら嬉しそうな顔になった。
「あぱーちょのまえ!」
「うん? アパートの前の水たまりがお気に入りなの?」
「あい!」
どうやら駄菓子屋の側より、オンボロアパートの前にある水たまりがお気に入りみたいなので、再び手を繋いでゆっくりと歩く。
「あれ、にゃに?(あれ、何?)」
「うん?」
お気に入りの水たまりには、いつの間にか、サキちゃんよりも先に遊んでいる者がいた。
「ああ、アメンボだね」
「あめんぼ?」
「うん。昆虫だよ」
「むちしゃん?(虫さん?)とぶ?」
「たぶん。飛ばないのもいるらしいけど」
わたしとサキちゃんはしゃがみ込み、アメンボの泳いで? いる姿を見つめる。
「とばにゃいよ?」
「飛ばないね〜」
「にゃんで、ここにいりゅの?(なんでここにいるの?)」
「え? アメンボだからかな? 水たまりが好きなんじゃないの?」
「いっちょ!」
「水たまりが好きなサキちゃんと、一緒だね〜」
「あい!」
「じゃあサキちゃんはアメンボさんなのかな?」
「ちあう!(違う!)」
おお、全力で否定された。
実際、アメンボが水たまりにいる理由など知らないが、そういうのに気付く子供の視点というのは面白いものである。
わたしとサキちゃんは水たまりにいる昆虫を、ジーッと見続けていた。