辛味中毒
「春雨に豆もやしと、後は牛肉は無いから豚でいいか。それにピーマンもないし、ほうれん草にしよう」
冷蔵庫から昼食に使う材料を取り出して、まな板の上に乗せ、包丁で野菜を細かく切っていく。
「ニンジンと玉葱もかな」
お昼ご飯とは言っても、これはサキちゃんが食べる物ではなく、わたし用に作っているチャプチェだ。
夏が近くなり、暑さのせいで食欲が落ちてきたので、辛い物を摂取して涼を得る事にしたのである。
まあ牛ではなく豚を使ってるし、ピーマンやパプリカも入れていないので、どちらかと言えばチャプチェ風といったところだろうか。
それに辛い物は食欲増進や疲労回復にも繋がるし、いい事ずくめだ。
だけど過剰摂取しすぎると、逆に身体に悪いので、食べ過ぎには気を付けなければいけないけど。
台所で調理をしていると、匂いに惹かれたのか、サキちゃんがトテトテと歩いて来た。
「おちる?」
「もうすぐ、お昼ご飯だよ」
「なにちゅくってりゅの?(なに作ってるの?)」
「チャプチェって料理だよ。でもこれは辛いから、サキちゃんは焼きそばと野菜ジュースね」
「ひちょくち(一口)」
「え? もう豆板醤入れちゃったし、わたし用に作ってるから辛いよ?」
「あきゃいにょたべちゃい」
「赤いの食べたい? ああ、豆板醤か。味を薄めないでいいの?」
「あい!」
サキちゃんが口にするなら味を薄めようかな? と、考えていたんだけど、どうやら今作っているチャプチェに興味があるみたいだ。
うーん、与えていいものなんだろうか? でもこれも経験なのかな?
わたしは少し考えた後、食べられなかったら、すぐに吐き出せる様、空のお椀をサキちゃんに持たせる。
「いーい? ダメそうだったら、ここにペッ! するんだよ?」
「あい!」
「じゃあ口開けて、ア~ンは?」
最初から大量に食べさせるのも危険そうなので、菜箸で春雨を1本だけ摘み、サキちゃんの口元へと運ぶ。
「あ~ん」
「どう? 大丈夫? ダメだったらペッ! だよ?」
「……」
もしかして辛すぎて泣き出すんじゃないかとヒヤヒヤしながら見守っていると、口に入った春雨をモキュモキュと噛んで飲み込んだ後、サキちゃんの瞳孔が開いた。
「お」
「お?」
「おいちい!」
「え? 美味しかったの? ほんとに?」
「かりゃい!(辛い)おいちい!」
「ええ〜、これ大人用だよ?」
「もっちょかりゃいの!」
「もっと辛いの食べたいの?」
「あい!」
サキちゃんの昼食もチャプチェにしようかなと考えたけど、あまり小さなうちから辛すぎる物を食べさせるのも心配だったので、味を薄めて出す事にした。
「かりゃくない……(辛くない)」
最初に食べた方が好みだったのか、子供用に味付けしたチャプチェは不評だった。
そして次の日からサキちゃんに「お昼は何がいい?」と聞けば「かりゃいの!(辛いの!)」と言い「夜ご飯は食べたい物ある?」とリクエストを募集すれば「あきゃいの!(赤いの!)」と答える様になってしまった。
その度に、わたしは「辛い料理の食べ過ぎは身体に悪いからダメ!」と叱る日々を繰り返している。
なんで3歳児にタバコやお酒が辞められない大人に向けて言う様に、何度も注意しなければならないんだろうか?
しかも怒られた後は全身から力が抜けるのか、床にうつ伏せになり、そのまま暫くは動かない始末である。
「サキちゃん、今日のお昼……」
「かりゃいの!」
「夜は?……」
「あきゃいの!」
「だからダメだってば!」
「かりゃくて、あきゃいの〜!(辛くて赤いの〜!)」
おお、今日は仰向けになって腕と足をバタバタしだした。
なんか、これもう完全に辛味中毒者だよ。