あい!
「暑いなあ……」
陽射しが眩しく、昼夜も気温が高い夏になった。
今、わたしは社内の撮影所でモデル仕事をしている。
カメラマンは専属秘書になったスミレさんだ。
「最近は社員も会社に来ないんで、経費削減の為に節電してますからね。さっき冷房入れたんで、もうすぐ涼しくなりますよ」
「ありがとう。仕上がりはどう?」
「かなりいいですよ。このキャミソール花柄でかわいらしいけど、お腹の辺りは透けててセクシーさもあるんですよね。サイトにアップすれば売れますよ」
「下は?」
「見た目は普通のホットパンツですけど、冷感素材を使用してるんで、夏は流行るんじゃないですかね? わたしも1着欲しいですもん」
「そっか、売れるといいね」
サキちゃんの祖父母であるダイキさんとヒナタさんに会った日、2人から物凄く謝られた。
どうやらミカさんは若くして社長業を引き継ぐのを断わったイツキさんの代わりに、里子として引き取られたらしい。
だけど、あまりの英才教育に堪えられず、精神が壊れかけていたみたいだ。
そしてそれを心配したイツキさんが、ミカさんを実家から飛び出させた。
ダイキさんも最初は勝手に居なくなるなんてと憤慨していたみたいだが、時を過ごすと共に、ミカさんに負担を掛けすぎていたと気付いて後悔していたらしい。
そして、わたしが物凄く謝られたという訳である。
まあ今は人の良いおじいちゃんおばあちゃんになって、サキちゃんを甘やかしまくっているけど。
「撮影終了で〜す」
「スミレさん、おつかれ」
「お疲れ様です」
「じゃあ、わたしは帰るよ。この服は購入するから、このまま着て行ってもいいよね?」
「はい。大丈夫ですよ。お迎えですか?」
「うん」
「ミカさんって、本当にサキちゃんを大事にしてますよね。会社に来なくてもできる仕事は家でやれ! とか言って、社内改革までしちゃうんですから」
「あはは」
「でも社員さんも奥様や旦那様の有り難みがわかったって感謝してましたよ。売り上げも好調ですし、新社長の人望は厚いですね」
「そうならいいけどね。じゃあねスミレさん」
「はい、いってらっしゃい」
(昼には迎えに行けるって言ったのに、大分時間が過ぎちゃったな)
会社を出てタクシーを拾い、サキちゃんの通う保育園へ。
門を開けて中に入ると、チナツさんが駆け寄って来た。
「ミカ、あんた何て格好してるのよ! 保護者のお父様方には刺激が強すぎるでしょうが!」
「ごめん。今日、ちょっと撮影だったから」
「新しい服? せめて上からシャツとか着なさいよ」
「ボタンが閉まらないんだよね」
「ぐっ、何で元男に、こんな敗北感を味わわなきゃならないのかしら……」
「それよりサキちゃんは?」
「あそこでケイタ君と遊んでるわよ」
チナツさんの指差した方を見ると、ブランコには乗らず、そっちにボールを投げて笑っているサキちゃんと男の子がいる。
(誰だ、あいつは? おい、そこの子供、ウチの娘に近付くんじゃない!)
「ミカ、あなた、なんて顔してるのよ? あまり独占欲が強いとサキちゃんに嫌われるわよ」
「うっ……」
「そうだよ〜。男だったのは昔の話なんだから、しっかりママにならないとね〜」
「ユキ、あんた子供いないんだから、勝手に園内に入って来ないでよ。通報するわよ」
「ミカと一緒にサキちゃんを迎えに来たって事で許して〜」
「ええい、暑いんだから抱きつくな。この黒ギャルが!」
結局、ユキさんには本物のミカさんじゃない事がバレて、1から説明する事になった。
チナツさんも女性なら当たり前の話が通じないので、ずっと違和感を持っていたらしい。
なので、昔は男だった事を自分から話したら、結構アッサリと受け入れてもらえた。
因みにこの2人だが、チナツさんは真森銀行の令嬢で、ユキさんは大物政治家の娘だ。
ミカさんを含めて幼い頃に会った事があるとダイキさんに教えてもらった。
まあその話をしてみても、チナツさんもユキさんも覚えていなかったが。
「ねえ、海行こうよ〜」
「あら、いいわね」
「うーん、サキちゃんいるから浅瀬ならいいかな?」
「後、川と山と〜」
ユキさんが、わたし達を遊びに誘いまくるのはサトシと別れたからだ。
一度会ったが、少女漫画の主人公みたいに爽やかな外見なのに、物凄くチャラかった。
そんなサトシが、わたしを練馬駅近くで口説き始めた時は本気で気持ち悪かったが、その現場を近くで目撃したユキさんが走って来て、チャラ男を平手打ちしていたのは良い思い出だ。
まあそれが別れるキッカケだったが……。
どうも昔からの知り合いである筈なのに、ユキさんの親友であるミカさんに手を出そうとした事だけは許せなかったらしい。
「サキちゃーん、帰るよー」
「ママー! 抱っこー!」
「うん、おいで〜」
わたしが呼ぶと、声を掛けられたサキちゃんが近寄って来たので抱っこする。
「あにょね、ほちいものありゅ」
「うん? 欲しい物があるの?」
「わがまま、いっちゃだめ?」
「大丈夫だよ。わたしが働いたお金で買ってあげるから。何が欲しいの?」
「あにょねー、くましゃん!」
「え? クマ?」
「おおきいやちゅ」
流石に大きい本物の熊は飼うのが大変そうだし、危険もあるだろうから、買うのは遠慮したい。
そんな風に考えていると、チナツさんが「お人形の事よ」と教えてくれた。
どうやら小さいクマのぬいぐるみではなく、抱きつける大きさの物が欲しいみたいだ。
「わかった。いいよ」
「やっちゃ!」
「サキちゃん、お昼は何が食べたい?」
「おむらいちゅ!」
「オムライスか〜」
「たべたりゃぶりゃんこもにょる!(食べたらブランコも乗る!)」
「そっか〜、じゃあ公園で一緒に乗ろうね」
サキちゃんを地面に降ろして、手を繋ぐ。
「おうちは?」
「おじいちゃんとおばあちゃんが、新しいの建ててくれたよ。ピンクの部屋もあるってさ」
「ぴんきゅちゅき」
「今日から、その家に住むんだよ」
「やっちゃ!」
「じゃあ、帰ろうか」
「あい!」
お読みいただきありがとうございました。
これで「TS転生したけど、子供いた」は完結となります。
また読者様の優しい感想には励まされました。
本当にありがとうございます。
これで最後ですので、よければ評価やブクマなどをしてもらえると嬉しいてす。
誤字報告もありがとうございます。