ごめんなさい
日曜日、アパートの前に止まった白くて長い車を見て、わたしとサキちゃんは驚きの声を上げる。
「ええっ……」
「ちゅごい(凄い)」
オンボロアパートの前に止まった豪華なリムジンのドアが開き、中から茶髪のショートカットに、グレイのパンツスーツ姿をした女性が出て来た。
「こんにちは。社長秘書をしているアキカワスミレです。ミカ様、サキ様、どうぞお乗りください」
「はあ……」
「のりゅー!」
サキちゃんを車に乗せるのは不安だったが、タクシーで慣れたのかリムジンを違う物だと思っているのかはわからないが、どうやら興味の方が勝った様だ。
わたしより先に車内へと入っていってしまった程である。
「すごっ!」
車の中に入ると、左側にはアイボリーの高級ソファーが前まで長く伸びていて、後ろにも2人掛けの席がある。
「じゅーちゅ?」
「ジュースもありますよ。サキ様はオレンジでいいですか?」
「あい!」
サキちゃんがジュース? と聞いたのは、座った場所の前にある黒いテーブルの上に、シャンパングラスやワイングラスが置かれているのを見たからだろう。
「ミカ様もオレンジでよろしいですか? お酒は社長と話し終えた後で、お願いします」
「アルコールは摂らないんで、ジュースで大丈夫です」
「かしこまりました」
「っていうか、何で様付け?」
さっきからずっと気になっていたが、スミレさんの方が年上だろうし、そんな風に呼ばれる様な生活もしていない。
「里子とはいえ、ミカ様は社長令嬢です。サキ様は血縁者ですし、お2人に失礼な呼び方はできません」
今、なんか凄い事実を告げられた気がする。
少し前に野上家の人達と話したが、ミカさんには「貯金は好きに使っていいから。もうわたしは使わないんだから」と、最後に伝えられたくらいだ。
イツキさんだって社長の息子とか言わなかったし、そんな話はミドリさんにも聞いていない。
(言っといてよー!)
実家が裕福だとは聞いていたが、まさかミカさんが社長令嬢だとは思わなかった。
それにしても、こういう大切な事は先に伝えといて欲しいもんだ。
「しかし、わたしはミカ様が実家から出て行った経緯を奥様から聞いていたのですが、よく戻られましたね。社長も自分の会社に面接に来てくれて嬉しがっていましたよ」
「そ、そうなんですか……」
えっ? 面接?……あっ、そうだ! 今、雇ってくれてるのってノガミ株式会社だ! しかもミカさんの家にあったブランド服って、大体そこのじゃん!
(もっと早く気付けよ、わたし!)
そりゃ家族関係うんぬんを置いといても、社長令嬢が面接に来たら落とせないだろうし、そりゃコールセンターの仕事も受かるわ。
「わたしは高校を卒業してから、すぐにこのアパレルメーカーで働かせてもらってますが、社長が意固地だった頃から奥様に頼まれてミカ様にウチの服を送っていたので、妹みたいにも思ってますよ」
聞けばスミレさんは、まだ26歳らしい。
ミカさんが実家を出たのが17歳で高校2年の時らしく、その頃から陰で色々と世話をしてくれていたみたいだ。
これは足を向けて寝られないな……って、別にわたしが面倒を見てもらった訳じゃないけど。
「どきょいきゅの?(どこ行くの?)」
「サキ様のおじい様と、おばあ様のところですよ」
「じいじ、ばあば?」
「ええ。今は軽井沢の別荘に向かっています」
「べっちょう?」
「そうですよ。実家は代官山ですが、せっかく会うのなら、自然が多い場所の方がリラックスできるだろうという奥様の計らいです」
「サキ、りらっくちゅちゅる」
ウチの小さな天使からリラックスする宣言が出たが、たぶん意味はわかっていないだろうし、なんとなく言葉が面白くて言ってるだけだと思う。
「着きましたよ」
東京から2時間半かけて軽井沢へ。
スミレさんに案内されて着いた別荘はバーベキューができる程の広さがあるウッドデッキに、家も木で組まれた外観と凄くお洒落だった。
ベランダには芝生の上に白い丸テーブルと椅子、小さな子供が遊べるスベリ台やブランコもある。
「じいじ? ばあば?」
丸テーブルの椅子に腰掛けて、お茶をしている2人を見て、サキちゃんが声を掛けながら駆け寄って行く。
もしかしたらスミレさんから聞いて、自分の祖父母に会えるのを楽しみにしていたのかもしれないな。
そして近付いてくるサキちゃんを見て、2人とも泣き出した。
「おおっ……イツキとミドリさんが遺した子。そうだよ、わたしが君のおじいちゃんだ」
「あなたのおばあちゃんよ……」
感極まって泣いている2人は60代らしいが、まだ30後半か40代にしか見えないのが恐ろしい。
サキちゃんは女性が抱っこし、男性の方が、わたしに向かって近付いて来た。
「……久しぶりだな。よく来てくれた」
ミカさんの里親でもある2人は、お義父さんの方は野上大木、という名前で、お義母さんの方は陽向というらしい。
「……ごめんなさい」
ダイキさんが涙を流しているのを見て、謝罪の言葉を口にする。
「おおっ、お前も泣いているのか……すまなかった……すまなかったな。久しぶりなんだ。顔を覆ってないで、よく見せてくれ」
「あなた、ミカだって女の子ですよ。泣き顔は隠したいわよ」
「ああ、そうだな……すまん」
いえ、あなた達の目の前にいるのが本物のミカさんじゃないので、申し訳無さすぎるだけです。
本当に、ごめんなさい。