もちろん!
テーブルに乗っているクッキーを1つ手に掴んで食べてみる。
「おっ、うまい」
原材料がわからないのは不安だが、神様が用意してたクッキーだし、そんなに変な物は入っていないだろう。
目の前では、わたしに愛情表現が下手と言われて自覚があったのか、少し落ち込みながらミカさんが紅茶を飲んでいる。
しかしもはや姿が一緒なので、お互いに自分と話をしているみたいで、なんか変な感じだ。
「そういえばミカさんって、パパママ呼びなんだね」
「うるさい! 昔に「お父さん」って呼んだ時に、物凄く悲しい顔をされたんだから、しょうがないでしょ!」
怒られた。
「それと……」
目の前に座っていたミカさんが真剣な表情をして急に立ち上がり、わたしに向かって頭を下げた。
「えっ? なに? いきなりどうしたの?」
勢いに釣られて、わたしも慌てて腰を上げる。
「さっきは、あなたさえいなければ上手くいってたなんて言って、ごめんなさい」
「えっ? あっ、……うん」
「それとサキと一緒に暮らしてくれて、本当にありがとう」
「成り行きだけどね」
「それでも、わたしの顔を見て「遊ぼ」なんて言う程に懐いてて、嬉しいわ」
「……まだ部屋の中で眠る時だけは近付いて来てくれないけどね」
「時間の問題よ」
「そうかな?」
「そうよ」
サキちゃんは、こっちが「おいで」と言ったり、遊び疲れて眠っちゃった時くらいにしか、近付いて寝てくれないのだ。
今まで「抱っこして」なんて甘えられた事だってない。
でも強制するのも嫌なので、いつかサキちゃんの方から「一緒に寝よ」とか言われるのを待っている。
「連れて来たのじゃ」
わたしとミカさんの話が一段落したところで、神様が戻って来た。
後ろには知らない男性と女性の2人がいるが、どこかで見た顔立ちの様な気もする。
(あ、サキちゃんに似てるんだ)
2人とも黒髪で男性は短髪だが、おでこが隠れるくらいの前髪がある。
女性の方はパッツンだが、胸元まで髪の毛があるロングヘアーだ。
「「こんにちわ」」
2人に笑顔で挨拶されたので、わたしも返事をする。
「こんにちわ」
「僕はサキの父親で、野上樹」
「わたしは母親の翠です」
「えっと……」
自己紹介をされたので、こっちもしようと思ったが、前世での名前はわからないし、本物のミカさんは目の前にいるから、なんて言っていいのかわからない。
「ああ、大丈夫だよ。僕達は君の名前が無い事を神様から聞いて知ってるからね。色々と大変な状況だったのに、サキの面倒を見てくれてありがとう」
「あなたには、本当に感謝しているわ」
「まあ、この場に妹が2人居るのは変な感じだけどね」
(ああ、ミカさんと全く一緒の姿だしね)
せめて前世での名前くらい言えないかと思って、神様の方を見ると「もうお主に昔の名など必要ない」と言われてしまった。
男だった時の身体は既に無くなっているし、友人だった者達に会ってもミカさんとして知り合う事になるのだから、そこで新しい関係を築いていけだってさ。
(だから前世で同僚達だった奴等の顔を思い出そうとしてもボヤけてたのか。やっぱり神様の仕業だったんだな)
「とりあえず全員座ったらどうじゃ?」
神様の一言で、みんなで雲の椅子に腰掛ける。
そういえば、さっきから、ずっと立ったまま喋ってた。
対面には1番左端から神様、ミカさん、イツキさん、ミドリさんの順で腰掛けている。
「僕達は君にお礼を言いたかったんだ。サキと一緒に暮らしてくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
「ふふ、わたし達、天国から2人の暮らしを見てたのよ。サキに優しくしてくれて本当にありがとうね」
「あの子を置いて、勝手にこっちに来た妹の事は叱っといたから、許してあげてくれ」
「……だってどうしても、お兄ちゃんに会いたかったんだもん」
許すも何も、ミカさんなりにサキちゃんを想っていた事は理解できたから、もうわたしは怒っていない。
それよりも天国があって、そこから暮らしを覗かれてた方が驚きだ。
「わたしにとって、サキちゃんは家族ですから」
「その言葉を聞けて安心したよ。君になら、あの子を任せられる」
「そうね。サキの事をよろしくね」
「あなたって、なんだかんだお人好しだよね。でもありがとう」
イツキさん、ミドリさん、ミカさんと各々に感謝の言葉を述べられたが、わたしにとってサキちゃんは家族だし、できれば幸せにしてあげたい。
この後も野上家の人達と色々話をしたが、大半はサキちゃんに関してのお礼だった。
それとイツキさんは32歳、ミドリさんは26歳という事も知った。
「あれ? でも天国で暮らしてるなら、イツキさんとミドリさんは生まれ変わらないんですか?」
「いや、転生はするよ。だけど将来サキが亡くなった時、あの子が望めば僕達に会える様になってる。その時にはゆっくりと話をさせてもらうさ」
どうやるのかはわからないが、きっと神様が色々としてくれるのだろう。
それにサキちゃんが亡くなる未来など、考えたくもない。
わたしにとっては、あの子と一緒に過ごす現在が大事なのだから。
「では、そろそろいいじゃろ」
野上家と別れの言葉を交わした後、神様の一言で、わたしは現実へと戻る。
ユキさんと話をした公園の静けさのせいで、さっきまでの出来事が夢の様に感じてしまう。
スマホの時計を見てみると、本物のミカさんが現れてから、まだ1時間も経っていなかった。
「帰ろう」
歩いてアパートに戻ると、部屋の中ではチナツが持っていたらしいミニパズルでサキちゃんが遊んでいた。
(あのエプロンポケット、本当に何でも入ってるな)
「あら、お帰りなさい。どうだったの?」
「ただいま。ユキの事は無事に終わったよ。チナツさん、サキちゃんを見ててくれてありがとうね」
「別に構わないわ。なら、わたしもそろそろ帰るわね」
「うん、今日は本当にありがとう」
「お礼なら、今度こそ料理を教えてくれればいいわ。後、そのパズルはサキちゃんにあげたから遊んでちょうだい。じゃあね」
「ばいばい」
チナツさんが部屋を出て行ったのにも気付かず、サキちゃんはパズルに集中している。
見てみると、ただピースを嵌めればいいと思っているみたいで、パッケージの絵とは大分違っている。
だけど、その顔は随分と楽しそうだ。
「サキちゃん、パズル楽しい?」
「たのちい!」
「そっか、よかったね〜」
「ちぇんちぇは?」
「チナツさんは帰ったよ」
「そふちょは?」
「ユキさんも帰ったよ」
サキちゃんは部屋の中を見渡して、誰もいな事を確認すると、わたしの顔を見る。
「きょう、いっちょにねちぇもいい?(今日、一緒に寝てもいい?)」
(さっきまで賑やかだったから、もしかして寂しくなったのかな?)
眠る時に、わたしの側へ近寄っていいのかわからなくて不安なのか、少し窺う様な感じで見てきたサキちゃんだが答えは1つだけだ。
「もちろん!」
精一杯の笑顔で伝えると、サキちゃんも同じ表情になった。
「一緒に寝ようね〜」
「あい!」
今日は大変だったけど、サキちゃんの笑顔で疲れも吹っ飛んだ。
こんなに癒やしてくれるなんて、やっぱり天使だな。