ファミレス
「うーん、なんか派手な服しかないな」
今は上下黒のスウェットの姿だが、外出する為に着替ようと部屋の中にある木目調のクローゼットを開けて見てみたら、相変わらずブランド物しか入っていなかった。
しかも、その辺に脱ぎ散らかしているのとは違って新品のまま置いてあり、1度も着ていない感じだ。
いきなり新しい服へ勝手に袖を通すのも申し訳が無いので、とりあえず部屋の中にある何着かを手に取る。
クローゼットの側面が鏡になっていたので、自分の姿を見ながら衣装を体に当てて、似合うかどうかの確認をした。
「めっちゃ美人じゃん……」
初めて顔を見たが、まだ20歳くらいじゃないだろうか? だけど髪の毛は腰までは届かないミディアムヘアに、色はシルバーアッシュと少しギャルっぽい。
何着か試してみたが、胸元を強調するような服しか無かったので、それを着る勇気が無い俺はスウェットのままで外出することにした。
サンダルを履き、女の子と一緒に玄関から出る。
住んでいるアパートの外観を見てみると、築何年だよ? と、いうくらいにボロかった。
そういえば全く知らない街である筈なのに、何故かどこに何があるのかがわかる。
(この女性の記憶か? それとも神様らしき、お爺さんのサービスだろうか?)
考えてもわからないが、更に謎だったのは、元の俺の名前が思い出せないということだ。
きっと、もう昔の記憶は必要無いということなのかもしれないが、少し寂しさも感じる。
そんな風に思っていると、女の子のお腹がグゥと鳴った。
(とりあえず買い物は後で行くとして、すぐ食べられるところに行くしかないな。昼と夜は作ろう)
裏道にあるアパートから少し歩くと、街道があり、そこでタクシーを拾う。
「お姉さん、どこまで?」
こんな小さなうちからタクシーに乗せるとか、教育的にどうなんだろうな? とか考えていたら、運転手から目的地を聞かれたのが俺だということに少し時間が経ってから気が付いた。
(そういえば、今は女だった)
「練馬駅まで」
「あいよ」
女の子は久しぶりに外に出たのか、一緒に乗った後部座席の窓から一瞬だけ景色を珍しそうに眺めたが、すぐに運転席を見つめていた。
空腹すぎて、首を回すのも辛かったのだろうか?
お腹が空いたと言っていたのに、俺が服を着るのに時間が掛かってしまったことに申し訳無さを感じる。
抱っこでもして動ければよかったのだが、女の子は俺? というか、この女にビクビクしてる感じがあるので、タクシーを拾うまでは歩いた。
まあ歩幅が違いすぎるので、とにかくゆっくりと進んだけど。
「着いたよ」
運転手にそう言われて料金を支払い、俺は女の子と一緒にタクシーから降り、そこから少しだけ歩いて目的地であるファミレスの店内へと入っていく。
制服を着たウェイトレスに「いらっしゃいませー」と言われながら、席まで案内してもらった。
椅子に座りメニュー表を広げて女の子に見せると、こっちに目をやったまま口を開けながら固まっている。
たぶん、この女が自分に親切にするのが信じられないといった感じなのかもしれないが、中に入っているのは俺なので少し傷付く。
「えと、ど、どれがいい?」
精一杯に笑顔を浮かべて、いくつか種類があるキッズプレートの写真が載ったメニュー表を見せる。
女の子が無言で指差したのはオムライスに旗が刺さっていて、その他はポテトやブロッコリーなどがあるやつだった。
俺はサンドイッチとコーヒーを頼み、キッズ用のドリンクバーもあるので、それも注文する。
「ジュース取ってくるけど、オレンジでいいかな?」
無言で頷く女の子。
なんかずっと喋ってない気がする。
「お待たせしましたー」
注文を終えて少しした後、ウェイトレスがサンドイッチとコーヒー、それにお子様ランチを運んできてくれた。
「いただきます」
「いたたちまちゅ」
テーブルの上に置かれたお子様ランチを見て瞳を輝かせていた女の子は、俺がサンドイッチを食べ始めたると、真似するかのようにスプーンでオムライスを口に運び目を見開いた。
如何にも驚愕したという表情だ。
「おいちい!」
嬉しそうな声を漏らした女の子が自然と笑顔になったのを見て、俺はファミレスに連れて来て良かったなと、心から思ったのだった。