追いかける背中
「「「「ごちそうさまでした!(ごちちょうちゃまでちた!)」」」」
なんだかんだあったけど、みんなで楽しく焼肉を食べ終わった。
「あ、でも最後にアイスもあるよ〜。持ってくるね〜」
もう結構お腹いっぱいだというのに、ユキさんは人の返事も聞かずに冷凍庫へと向かい、すぐにアイスクリームを取り出して人数分の器とスプーンを持ってきた。
(動きが早すぎて止める暇もなかった……)
「わたし、もうお腹いっぱいだわ」
「大丈夫、美味しいからチナツさんも食べられるよ!」
って、おい、そのアイスクリーム業務用じゃん。
しかもハーゲンだし……それにウチには置いて無かった、アイスクリームを掬うディッシャーまで持ってきてやがる。
まあユキさんとチナツさんも、結局は仲良くなったし、一緒にご飯を食べるというのも悪くないな。
今日の黒ギャルはハシャぎすぎな気もするけど……。
「ほらサキちゃん、アイスだよ〜」
「あいちゅ?」
「そうだよ。冷たいよ〜」
「そふちょ?」
「ユキだよ。あ、違うか。ソフトクリームじゃないよ〜」
「にゃにがちあうの?(何が違うの?)」
「「「……」」」
サキちゃんの純粋な質問に答えられず、黙ってしまう大人3人。
考えたらソフトクリームとアイスクリームの違いとは、何なんだろうか?
「チナツさん、知ってる?」
「わからないわ」
「ユキは?」
「知らな〜い」
2人とも知らない様なので、スマホで調べてみる。
「あ、なんか温度が違うみたい」
「「へ〜」」
チナツさんも、ユキさんも全く興味が無さそうだ。
たぶん2人は美味しく食べられればいいのだろうが、ウチの天使はそうはいかないらしく、首を傾げながら質問してきた。
「おんじょっちぇにゃに?(温度って何?)」
「えーと、物体のあたたかさと冷たさを示す尺度で、熱力学的には分子や原子が〜」
「ミカ、あなたバカなの? そんな説明したって、サキちゃんが理解できる訳ないじゃない」
「あはははは〜!」
ちゃんと説明しようとしたのに、何故かチナツさんには怒られ、ユキさんには爆笑された。
「ミカったら、なに賢いフリなんかしてんの〜? キャラじゃないでしょ」
元の身体の主のせいで、なんか凄いバカにされている気分だ。
この黒ギャルどうしてくれようか? と思っていると、チナツさんがサキちゃんの前にしゃがみ込み、目を合わせて説明を始めた。
「いい? さっきサキちゃんが食べたお肉は温かったよね?」
「あい」
「じゃあ、いま食べたてるアイスは?」
「ちゅめたい」
「うん、それが温度だよ。わかった?」
「……あい!」
たぶんサキちゃんは焼肉とアイスの違いが温度だと思ってるだろうが、3歳児への説明はそれで良かったのかもしれない。
「まだ小さいんだから、こんなので良いのよ。そのうち覚えるんだから」
「「おお〜!(パチパチ)」」
「なんで拍手してんのよ……」
「いや、やっぱりチナツさんって、保育園の先生なんだなって」
「ミカ、それはどういう意味かしら? まあいいけど。そういえば化粧どうする? 今から教えてもいいけど」
「料理教えられなかったのに悪くない?」
「構わないわ」
「えー、なになに2人とも〜? 最新メイク術? ずるい、わたしも覚えたい〜」
「そんなんじゃないわ。ミカの化粧が下手すぎるから、基本を教えるだけよ」
チナツさんの言葉を不思議に思ったのか、ユキさんが首を傾げる。
「え? ミカは化粧できるよ?」
「そうなの? サキちゃんにしたメイクなんて酷いものだったわよ」
「あれはミカがしてあげたんじゃないの?」
「わたしがしたのよ」
この話の噛み合わなさは、流石に不味い気がする。
これは昔からミカさんを知っているユキさんに対しては、何か言い訳をしなきゃならないだろう。
「ほらユキ、最近はギャルメイクしかしてなかったから、ちょっと普通のお化粧ができなくなっちゃってね」
「そんな事ってあるのかな〜? 前から苦手っていうのなら、まだしも……」
(えっ?)
話をしている最中、ユキさんの目から一筋の涙が溢れた。
「あ、ごめんね。さっきまで賑やかで楽しかったから……少し落ち着いて寂しくなっちゃったみたい……わたし、帰るね!」
「「……」」
わたしとチナツさんが驚いている間に、ユキさんは家から飛び出して行った。
「ミカ、わたしがサキちゃんを見てるから、追ってあげて!」
「……え? でも1人になりたいんじゃ?」
「あなた達、昔からの付き合いなんでしょ? ユキはミカに来て欲しいと思ってる筈よ」
「……わかった。行ってくる!」
靴を履きドアを開けて外に出ると、少し離れた場所に走っているユキさんの背中が見えたので、慌てて追いかける。
「ユキ、待って!」
暫く走って大分距離を詰めたところで、追っていた背中は近所の公園へと入っていった。
ここはサキちゃんがブランコを見て大泣きした場所なので、あまり良い思い出が無く、あの日以来近付いていない。
今日のユキさんの事もあるし、わたしにとっては、何となく嫌な場所だ。
「ユキ!」
追い付いた身体の肩を掴むと、両目から涙を流している顔が振り向いた。
「ミ、ミカ、サ、サトシがね……」
「うん」
「わたしの事、苦手だって……」
「そっか」
「それに束縛も嫌だって……」
「そうなんだ」
「うわ〜ん!」
「大丈夫、大丈夫だよ」
サトシとの間に何が有ったのかはわからないが、胸に飛び込んで来たユキさんを慰めようと、わたしは頭を優しく撫でる。
「大丈夫だから」
暫く「ひっく、ぐす……」と泣いていたユキさんは胸元から離れると、わたしの顔をジッと見つめた。
「ねえ、あなた誰?」
そのユキさんの言葉に、わたしの心臓が早鐘を打った。
後、何話かは分かりませんが、もうすぐ「TS転生したけど、子供いた」は終わります。