焼肉パーティー
アパートの玄関口には黒ギャルのユキさん、台所には包丁を持ったまま震えているチナツさん、部屋の中には「やきにきゅー!」と言いながら飛び跳ねているサキちゃんと、なんかもうカオスだ。
「え? なになに、この小さい子? かわい〜、ミカの知り合い?」
「何よ、この頭の軽そうな黒ギャルは? あなた、友達は選んだ方がいいいわよ」
どうやら包丁を持って震えていたチナツさんは、ユキさんが言った小さいという単語に反応した様だ。
黒ギャルが発言した時、後ろを振り返ったら耳がピクッと動いたのを、わたしは見逃さなかった。
後、何回ズレ落ちてくるメガネをクイっと上げてるんだ? いい加減にメガネを直せ。
「ひど〜い。お姉ちゃんに、そんな言葉使っちゃいけないんだぞ」
「あなたいくつよ?」
「ユキお姉ちゃんは20歳だぞ」
「わたし、22よ?」
「……ごめんなさい」
どうやら年齢による上下関係の決着がついたみたいだが……チナツさんって、ミカさんとユキさんが話してるのを喫茶店で聞いてた事があるらしいし、絶対にワザと知らないふりをしたよね?
「あ、ホットプレートも持ってきたよ〜。ミカの家には無かったでしょ?」
どうやらユキさんは少し気まずさを味わった後、さっきの出来事は無かった事にしたみたいだ。
とりあえずこうなってしまったのなら、チナツさんに料理を教えるのは、また今度にした方がいいだろう。
「じゃあ準備するね〜」
そう言ってユキさんは部屋まで一直線に向かい、テーブルの上にホットプレートをセットしだした。
後ろで包丁を持ったままのチナツさんが怖いが、一応無言で料理教えられなくて、ごめんねという合図を目で送ってみる。
「いいわよ。また今度にしましょう」
目線で送った合図の意味はキチンと伝わったみたいだ。
チナツさんは1つ溜息を吐いた後、包丁を台所に戻し、わたしと一緒に部屋へと戻った。
「おにきゅ〜!」
「そうだよサキちゃん、お肉パーティーだよ〜。お姉ちゃんが持って来たんだぞ?」
「そふちょ、ありあと!」
「ユキだってば〜。あ、2人共、立ってないで座りなよ〜。お肉いっぱいあるから4人でも食べられるよ!」
ここは今や、わたしとサキちゃんの家なんだが、まるでユキさんは自分の家かの様な振る舞いだ。
しかも勝手にタレとか取皿とか、更には白いご飯を、いつの間にか全員分用意してるし……。
もう持ってきた高級肉だけ貰って、この黒ギャルには帰ってもらおうか? 今まで聞いたミカさんという人物像を想像すれば、そんな事をしても許されるキャラではあるんじゃないだろうか?
座った瞬間、頭の中で(やらないわよ!)という声が聞こえてきた気もするが、ユキさんはチナツさんと話をしてるし、サキちゃんは涎を垂らして焼き始めた肉を見つめているので、きっと幻聴だろう。
「おにきゅー」
「サキちゃん、焼けたよ〜。お姉ちゃんが食べさせてあげよう。ほら、あーん。どう? 美味しい?」
「……とけちゃ!」
ユキさんがサキちゃんの口の中へ焼けた肉を運び、それを食べたウチの小さな天使は顔を輝かせて両頬を押さえた。
もしかしたら、ほっぺが落っこちてしまういそうだったのかもしれない。
「お、口の中で溶けたか〜。シャトーブリアンっていうヒレ肉なんだよ〜。美味しい?」
「おいちい!」
「じゃあもう1枚、今度は特上ハラミだよ〜。どう?」
「じゅーちぃ! やわらきゃい! あみゃい!」
おお、口にした焼肉の旨さに興奮したサキちゃんが、知っている言葉を多用している。
これは非常に珍しい現象だ。
というか、シャトーブリアンって牛一頭から600グラムくらいしか取れないんじゃなかったっけ?
いい肉持ってきすぎだろ。
「いや〜、チナツさんって大人だったんだね〜。最初に見た時は子供かと思ったよ〜」
おい、やめろ、黒ギャル。
その話はさっき決着がついたばかりなのに、なんで蒸し返した? ほら、怒りに震えているチナツさんが冷静を装って、ズレてもいなかったメガネを何度もクイクイしてるじゃないか。
「さ、さ、参考までにユキさんが、わたしの何処を見て子供と思ったのか、き、き、聞いてもいいかしら?」
「え、そりゃあ身長と……」
どことは言わないが、ユキさんの視線はチナツさんのある一点を見つめていた。
「ど、ど、どうせ無いわよ! 何よ、あんなの脂肪の固まりでしょうが! あんただって、そんな立派なもんじゃないでしょ!」
「はぁ!? わたしは少しはあるもん!」
「まあまあ2人とも落ち着いて」
「「ミカは黙ってて!」」
なんでだろう? ケンカを止めようとしただけなのに怒られた。
「そうよ、持ってる人に持たざる者の気持ちはわからないんだわ……保育園で『どっちが園児かわからないわね』とか、言われた人間の気持ちなんて……」
「そうだよ〜。ミカにはわかんないよ。わたしにも立派な物があればサトシだって……」
「え、ちょっ、ちょっと2人とも? なんで近寄って来るの? ユキもチナツも落ち着いて……ぎゃー!」
決して何をとは言わないが、倒されて乗られて、もみくちゃにされました。
「にじやきゃなにょ、たのちいね!(賑やかなの、楽しいね!)」
そうだねサキちゃん、みんなと戯れ合うのは面白いよね。
わたしは後で騒がしくしてごめんなさいと、アパートの住人達に1軒ずつ謝りに行かなきゃならないけど。
「なんか変な気分になってくるわね……」
「確かに〜」
なら早く上からどいてくれ!