エプロンポケット
「チナツさん、夜食べていく?」
「いいの?」
「うん。じゃあ纏めて作っちゃうね」
「あの、できれば料理を教えて欲しいんだけど……」
そういえば、そんな約束をしていた様な気がする。
もしかして、手料理を食べさせたい人でもいるのだろうか?
「彼氏?」
「……違うわよ! 両親に作ってあげたいの」
「なんで?」
「……今まで食べさせた事が無かったし、お父さんが娘の手料理を一度でいいから口にしてみたいって、うるさくてね」
なるほど、親孝行の一環というわけか。
変に邪推して、からかってしまったから、なんか凄く申し訳ない気持ちになる。
しかも親の話題だったから、サキちゃんには聞こえない様、小声で話かけてくるという気の遣いっぷりだ。
(最初に来た時は、なんだこの人? とか思ったけど、実はチナツさんって滅茶苦茶いい人だよなあ)
「うーん、じゃあハンバーグでも一緒に作る?」
「お父さんとお母さん、魚が好きなのよね」
「じゃあブリの照り焼きとか?」
「それは、わたしにも作れるのかしら?」
「まあ切り身を買ってきて、タレで絡めるだけだし、大丈夫だと思うよ」
「後、もう1品くらい覚えたいわね」
「なら肉じゃがとかはどう?」
「それは簡単なのかしら?」
「味付け以外は材料切って茹でるだけだよ」
「やるわ!」
なんだろう? そんなに料理って気合いを入れてする物だったっけな?
「サキちゃん、夜ご飯お魚でいい?」
「よりゅ? おむらいちゅ?」
「オムライスは、お昼に食べたでしょ」
サキちゃんはチナツさんにしてもらった化粧がお気に入りなのか、クローゼットの側面にある鏡の前で、ずっと自分を見ていた。
というか、なんでこんなにオムライスが好きなんだろう? もしかしてファミレスで食べたお子様ランチが原因だろうか?
もしそうなら、また今度連れて行ってあげないとな。
家で真似て作る事もできるだろうが、どうせなら本物の方が喜ぶだろうし。
もう一度サキちゃんに聞いてみたら、夜ご飯は魚でいいみたいなので、わたしとチナツさんは台所へ。
「や、やるわ……やるわよ!」
「いや、チナツさん。野菜を切るだけだから、そんなに気合いを入れなくても」
というか、包丁を持つ手が震えすぎてて怖い。
化粧を教わる代わりに料理を教えるくらい別に構わないと思っていたけど、これは意外と大変かもしれないな。
だけど、わたしが仕事をしている最中、ずっとサキちゃんの面倒をチナツさんは見ててくれたのだから恩には報いたい。
しかも今日は有給休暇だったというのに、わざわざ家に訪ねて来た理由が心配だったからと様子を見に来てくれたらしい。
なので、お礼として、少しでも料理を覚えさせて帰してあげよう。
そんな決意を胸に誓っていたら、チナツさんは水色のエプロンポケットから、次々に物を取り出していく。
「えっと、チナツさん?」
「……」
あれ? 全く聞こえてない。
そういえばエプロンは保育園で使ってる制服みたいな物らしいが、休みの時でもしているらしい。
もしかして、心を落ち着ける作用でもあるんだろうか?
「だ、大丈夫よチナツ。もしもの時の為に絆創膏だってあるし、喉が乾いたら紙パックのジュースだって入ってる。後は救急車を呼ぶのにスマホ、心を落ち着かせるアメ玉、糖分が必要だったらチョコだってある……」
うん、これ全く落ち着いてないし、次々にポケットから物を出してる君は、何処かの猫型ロボットかと言いたくなる。
どうしようかな? と考えていたら、昼間に鳴ったドアベルが再び来客の音を告げた。
「やっほ〜、ユキだよ。めちゃいいお肉買ってきたよ。今日は焼肉だー!」
せっかくチナツさんに料理を教えるところだったのに、なんてタイミングの悪いところで現れる黒ギャルなんだ。
無視して居留守でも使おうかと思ったが、その声にウチの小さな天使が反応してしまった。
「そふちょー!」
「ユキだよ〜。サキちゃん焼肉だよー」
「やきにきゅ!」
「そうだよ〜。開けてー」
チナツさん、まな板に乗ったジャガイモの前で未だに包丁を持ちながら震えてるけど、どうやら今日は焼肉になりそうです。
「そふちょやきにきゅ!」
サキちゃん、ソフトクリームを焼肉に掛けても美味しくないと思うよ。




