黒ギャルの扱い
迷惑な友人、もとい黒ギャルであるユキさんが家に来て騒いでいたらサキちゃんが怒ったが、その小さな天使は仰向けに寝転がると、もう一度スヤスヤと寝息を立て始めた。
どうやらまだ眠かったらしい。
スマホで時刻を確認してみると、まだ朝の6時だったし、人の家に訪ねて来るには早すぎると思う。
流石にユキさんも悪いと思ったのか、小声で話かけてきた。
「で、サトシがさ……」
(だから誰やねん、その男)
「……だから謝ってくるまで、絶対に許さないんだから!」
話を聞いていると、どうも恋人同士の痴話喧嘩みたいだが、それを早朝から聞かされる、こっちの身にもなって欲しいもんだ。
それに謝るまで許さないというのは、なんだかんだ言っても別れる気は無いって事なのだろう。
「ミカ、お腹空いた〜」
「ユキさん、朝ご飯食べてないの?」
「あはは。なんでさん付け? ずっとクラブで踊ってたからね〜」
「そうなんだ……」
どうやらサトシとケンカをしてストレスが溜まり、朝までクラブで踊っていたらしい。
そこから買い物に誘ってくるとか元気すぎるだろと思ったが、何も言わずに台所へと向かう事にする。
「てか、今日のミカは大人しいね」
「そう?」
「うん。だって、わたしが朝から家に来たら、いつもは背中を蹴って追い出すじゃん」
「……」
「そこから、わたしが合鍵を使って、また家の中に戻るっていうのが、お約束でしょ」
「……大人しい日だってあるよ」
「そっか、人間だもんね〜」
背中を蹴って追い出すとか、ミカさんが暴君すぎると思ったが、ユキさんの様子から察するに、この2人の間では、お決まりのやり取りなのだろう。
何か違和感を持たれたかと思ったが、ユキさんはツッコんで来なかったし、問題は無さそうだ。
「あれ? タバコ捨てたの? お酒も?」
「……うん」
「ミカ、元から吸わないもんね。部長が若い子に酒もタバコもせん奴は子供だ! とか叫んでたから意地になって買ってたけど」
「……そんな事もあったね」
「お酒だって飲まないのに、冷蔵庫の中が一杯になるまでビール買ってさあ。だから無駄だって言ったじゃん」
「……そうだね」
「カートンとビールを会社の中にまで持ってきててさ、あれ見た人達は未だにミカの事、ヘビースモーカーの酒飲み女って勘違いしてるよ?」
「……そうなんだ」
なに? なんなの? 新情報がいっぱい出てきたんだけど!? ミカさんって酒も飲まなければタバコも吸わないのかよ!?
小さな子の前で煙をふかして、常に酔っ払ってる、どうしようもないダメ人間を想像してたんだが、どうやら違うみたいだ。
それになんか話を聞いてる限り、全てが、その部長への意地を張ってただけっぽいぞ。
もう行動自体が、ただの子供じゃねえか!?
そんな事を考えていたら頭の中に(うるさいわよ!)とミカさんの声が聞こえてきた気もするが、ただの幻聴だろう。
「ねー、ミカ、朝食べたら買い物行こうよ。ストレス発散したいし」
「今日、仕事」
「えー、まだ何もしてないんじゃなかったの? 暇してると思ったから来たのに〜」
いや、基本、土日が休みだから、平日の今日は仕事……じゃないな。
サキちゃんが保育園に行きたがったら連れてくつもりだったし、もしぐずったりしたらチナツさんに連絡してもらって、わたしはすぐ動けるように休みを取っていたんだった。
せっかくだし外出して買い物に行こうか? いや、でも乗り物はどうする?
「ミカ、考え込んじゃって、どうしたの?」
「今日休みだった」
「お、じゃあ買い物決定だね!」
「う〜ん」
「え、なになに? もしかして悩み事? 恋愛相談なら任せて!」
「いや、サキちゃんの事なんだけど……」
「うんうん?」
現在、男とケンカ中の人間に話す恋バナなど無いが、どうせならチナツさん以外の人にも聞いてみようと思い、サキちゃんのトラウマの件を相談する事にした。
「……って訳なんだよね」
「なるほど〜、じゃあサキちゃんの事は、このユキに任せて!」
「うみゅ〜」
ユキさんが自分の胸を叩いて任せてと言ったところで、ウチの天使が体を伸ばしながら目覚めた。
「サキちゃん、おはよう」
「おあよ」
「おはよ〜。サキちゃん、久しぶり〜」
「だり?」
「誰とかひど〜い。ユキだよ? あ、そっか。前に来た時も、サキちゃんは寝てたから覚えてないんだ」
サキちゃんはユキさんの事よりも朝食の方が気になるみたいで、わたしの方を見ながらメニューを聞いてきた。
「あちゃごひゃんなに?」
「朝ご飯はね〜、クロワッサンとサラダ、後は目玉焼きとウインナーだよ。それからヨーグルト」
「よーぐりゅと!」
「うん、サキちゃんは、いちごとアロエ、どっちがいい?」
「いちゅごー!」
「じゃあ顔洗っといで」
「あい!」
サキちゃんが顔を洗っているうちに、作った料理をテーブルへと移す。
「ミカ、わたしもいちごー!」
「はい、これ」
「えっ? ちょっと、これアロエじゃん! ひど〜い」
そんな事を言いながらもユキさんは美味しそうに食べていたので、何も問題は無かったみたいだ。
どうやらこの黒ギャルの扱いは、こういう感じでいいらしい。
よかった。
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