ギャル友
「おれ……じゃない。わたし……わたし」
夜、さっきに眠りに就いたサキちゃんを起こさない様に、小声でクローゼットの側面にある鏡に向かって自分自身の呼び方を練習する。
心まで女性になった訳ではないが、これもウチにいる小さな天使の為だと思えば、母親を演じる事だってがんばれる。
もし仮にミカさんが、この身体に戻ってきたとしたら、その時は生きてないだろうし後悔する事じゃないと考える様になった。
明日は月曜日なので保育園があるが、普段通ってないサキちゃんに行きたいか? と聞いてみたら「やりゃ……(嫌だ)」と言われたので、スマホでチナツさんに連絡し相談してみた。
同年代の子達と仲良くなるという経験は大切だが、ウチの小さな天使は乗り物が怖いという事故の時のトラウマもあるし、わたしが家で一緒に居られるのなら無理強いしない方がいいのではないか? という結論に至った。
「そろそろ寝るか……」
成長すれば1人でバスや電車などにも乗れる様になるだろうが、今はサキちゃんに楽しく過ごしてもらう方が大切だ。
「うーん、買い物どうしようかな? 自転車だって怖がるかもしれないし……それに、このまま無理やりタクシーに乗せるのもなあ……」
ネットか? いやいや、それでは完全な引きこもりになってしまうし、こんな小さなうちから全く外出しなくなるのも不健全だろう。
色々と悩んでいたら眠っていて、気付けば朝になり、起きようと瞼を開けた瞬間に、上の方から知らない女性の声が聞こえてきた。
「おっはよー!」
(え? 誰? 鍵閉めたよな?)
慌てて飛び起きると、目の前には……なんか……黒ギャルがいた。
服は足元まである丈の長いワンピース、スカートの左には太ももの辺りまでスリットが入っていて、何より派手なのは全身ヒョウ柄である事だろう。
髪の毛は金髪で腰まである長さにパーマがかかり、なんかフワフワしている。
「……黒い」
「お、気付いた? もうすぐ夏だから、いつもより気合いを入れて、昨日、日サロに行って焼いてきた!」
(はええよ! まだ春だぞ!)
いきなりの侵入者ではあるが、なんか危険は無さそうだし、よく見てみたら、この人、ミカさんの仕事仲間でもある友人のユキさんだ。
「鍵閉めてたよね? どっから入ったの?」
トークアプリのアイコンで自分を載せてたなあとか思い出していたら、初対面だというのにタメ口を使ってしまった。
いや、ミカさんの友達な訳だし、変に敬語を使う方が怪しまれるか。
「え? いつでも入ってきていいよって言って合鍵くれたのミカじゃん? 忘れてたの?」
「ああ……そういえばそうだったね」
そんな事実は全く知らないけど、ここは全力で乗っかるしかないだろう。
変に怪しまれても面倒なだけな気がするし、ミカさんに知らない男が入ったなんて話をしても、どうせ信じてもらえないだろう。
いきなりの人物登場に混乱中ではあるが、どうにか上手く切り抜けるしかないと心の中で気合いを入れていたら、目の前に座っていた黒ギャルが急に飛び付いてきた。
「ミカ、久しぶり! 会いたかったよ〜」
抱きしめられながら(令和に黒ギャルとか中々見かけないなあ)なんて考えていたら、身体を離したユキさんがギョッとした顔付きになる。
「あんた、なんも着けてないの? ダメだよ、形変わっちゃうよ? よし! 今から服とか色々買い物に行こう!」
そんな事を言われたので、何がとは言わないが、ユキさんのある場所を見つめてみる。
うん、Cってところか……勝ったな。
いやいや、わたしは何でマウントをとっているんだ? サキちゃんの母親を演じるのはいいが、そこを女性化してどうする?
自分自身に呆れながら、手を額に当てて首を振っていると、何を勘違いしたのかユキさんが怒鳴り散らした。
「どこ見てんのよ!? 言っとくけど、わたしは普通なんだからね! ミカがデカすぎるだけなんだから!」
そしてその怒鳴り声で寝ていたサキちゃんが「うみゅ〜」と言って、目を擦りながら瞼を開くと、わたしとユキさんの方を見て不機嫌な顔をして口を開いた。
「うるちゃい!」
人生で初めて、3歳児に怒られたかもしれない。
こんなの前世でも無かった。
うちの小さな天使を怒らせるなんて、なんて迷惑なギャル友なんだ。