おかわり
ボロいアパートの部屋の中、突然訪ねて来たチナツさんと俺は向かい合って座りながら、一緒にお茶を飲んでいた。
サキちゃんは寝転がりながら、ぬり絵をしている。
多少話をしてわかったのは、チナツさんは保育士をしているらしく、年もミカさんの二個上で22歳だった。
今日は、せっかく入園したサキちゃんが1週間も経たないうちに姿を見せなくなったから、心配して訪ねてきたらしい。
たぶん、俺がミカさんになったせいだ。
(そういえば保育園や幼稚園に通ってるかを調べるの忘れてたな)
ずず〜、と音を立てて、お茶を一口飲んだ後、目の前に座っている子供保育士に話し掛けた。
「なるほど、つまり俺がサキちゃんに対して酷い事をしていないか様子を見に来たと?」
「はい。おれ? なんですか、元々乱暴な癖に、心まで男性になったんですか?」
「……つまりわたしがサキちゃんに……」
「言い直さなくても大丈夫です。あなたが粗暴な事くらい理解していますので」
俺は何もしてないというのに、ミカさんのせいで毒舌保育士からの口撃が凄い。
でも1週間も通ってないとはいえ、チナツさんを見てサキちゃんが「ちぇんちぇ?(先生)」と、すぐに言ったところから、大分世話を焼いてくれていたのかもしれない。
「でも意外でした。絶対に児童相談所に連絡する事になって、うちの保育園が世間から責任を追求されるハメになると思っていたのに……」
あんなに焦って家に上がって来たのはサキちゃんを凄い心配してたからか……チナツさんは熱血保育士でもあるんだなとか考えてたら、なんか物騒な事を言い出した。
この人の中でミカさんという人物は、一体、どんな評価を受けているんだろうか?
「えっ? そんな大事になるところだったの?」
「当たり前です。あなたは知っていますか? サキちゃんに朝は何を食べたの? と聞けば『おべんちょう』夜は? と聞いても一緒。更にママの話を聞けば、こんな小さな子が体を震わすんです。これはもしかしたら暴力を振るわれてるのでは? と考えるのが当然でしょう!」
うーん、なんかこの人、凄い勘違いしてないか?
確かにお弁当の事に関しては、どうかと思うが、両親の事を聞かれたら事故を思い出して怖くもなるだろう。
「あなたの事です。今日だって料理なんか作っておらず、どうせお弁当で済ますのでしょう。もう少し親としての自覚をですね……って、なんか良い匂いがしますね?」
「ああ、もう少しで夜ご飯なんで、お茶を用意してた時、ついでに夕飯の準備もしたんですよね。ちょっと仕上げてきます」
「う、嘘だ……こ、こんなギャルに料理ができる筈がない。これは違う家からきてる匂いですよね? ねえ、そうですよね!?」
「いや、うちのですよ」
「わ、わたしにも一口食べさせてください!」
何故か物凄く焦った顔をしたチナツさんに腕を掴まれて身体を揺すられた時、誰かの、お腹がグゥと鳴った。
「……今の音、聞きましたか?」
「……チナツさん、一口と言わず、一皿食べます? 今日カレーですけど」
「……もらいます」
「かりぃー!?」
「サキちゃん、そうだよ、カレーだよー」
「たべりゅ!」
ぬり絵を夢中でしていたサキちゃんが、カレーと聞いた瞬間に顔を上げる。
夕食が用意されるまで我慢できないのか、台所に向かう俺の後ろを付いてくる2人の影があった。
サキちゃんとチナツさんだ。
(なんか子供が1人増えた)
何となくサキちゃんの頭を撫でた後、流れでチナツさんにもしてみたら、別に何も言われなかった。
たぶん、食欲の方が勝ったと思うんだけど、この人は、それでいいのだろうか?
「かりぃー!」
早くカレーが食べたくて我慢できないのか、足元をうろちょろするサキちゃんが猫みたいでかわいい。
これは俺達2人の仲も大分良くなってきたのではないだろうか?
「かりぃ、おいちい!」
「美味しいです」
「ありがとうございます」
「わ、わたしですら料理できないっていうのに、なんでこんなギャルが……」
本格的な物じゃなければ、カレーくらい誰でも作れるのでは? もしかして箱入りなんだろうか?
「おかわりゅ!」
(おお、あのサキちゃんが、お皿を差し出してお代わりを要求するなんて)
嬉しくなった俺は、笑顔でカレーを装いに台所へと行った。