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 ピラー攻略から半年が経った。

 あれから、優人は眠ったままだった。


 眠ったままの優人と相反するように、世界は大きな変化と発見に揺れ動いていた。

 ピラーとそのコアが攻略されてから、新東京市はアビスの脅威から解き放たれた。

 そんな彼らがまず初めに行ったのは、自分たち以外の人類がどうなっているのかを探る事だった。

 アビスが出現して以来、国家間の交流が寸断されて久しい現状でやっと訪れた機会だった。

 1週間の間に、回復した装者や飛ばせるようになった航空機が世界各地を飛び回っていた。

 その結果分かったのは世界には既に自分たち以外の人類が居らず、まさに人類最後の生存圏であったということだった。


 ただ、悪い事ばかりでもなかった。

 人はいなかったが、同時にアビスもいなかったのだ。

 世界各地に存在していた筈のピラーも見当たらず、そればかりか浪費され消耗していた資源が回復してすらいた。


 その報告は、人類最後の生き残りという事実に気落ちしていた人々への吉報となっていた。

 人類は、再び大きな転換期を迎えていた。






 慌ただしく職員が動き回る建物の中、彼女たちはとある一室を目指して歩いていた。

 すれ違う職員達は彼女たちの姿を認めると、尊敬の色を浮かべた眼差しで頭を下げていった。


「半年経ちましたけど、なんだか不思議な気分ですね」


「そうだよねー。会う人会う人に頭を下げられる事になるなんてね」


「まあ、これでも人類をアビスから解放した英雄たち、やさかいね」


 あの日、意識を失った優人を抱えて木乃香たちが基地に戻ると、優人はすぐに医療スタッフに連れていかれた。

 沢山の検査がと治療が行われ、命に別状はないとの判断がされたが、優人は一向に目が覚めなかった。

 担当したスタッフが言うには、すぐさま目を覚ましてもおかしくない状況ではあるが、なぜ目を覚まさないのか不明、とのことだった。

 それからというもの、木乃香達はアビスから人類を救った英雄たちの一人として忙しい日々を送る中、時間ができれば優人の見舞いに訪れていた。


 優人が眠る病室の扉を開ける。

 もしかしたら、そんな思いを半年経った今でも木乃香達は抱いてしまう。

 しかし、そんな思いも虚しく今日も優人は変わらない姿でベッドにいた。


「兄さん、今日はいい天気ですよ」


 閉じられていたカーテンを開くと、秋の柔らかな日差しが優人へと降り注いだ。


「全く、ほんまにお寝坊さんなんやさかい」


「ほんとだよね」


 穏やかな寝顔の優人を囲んで、3人は何気ない会話を続ける。

 そんなゆったりとした時間が流れていた。






 その光景を、3人の上から眺める存在がいた。

 半透明になった優人だった。

 あの後、優人の意識は早い段階で目覚めていた。

 あくまで、意識・・だけであったが。


 不思議な事に幽体離脱したような状態で、眠る自分を空から眺めていた。

 身体に戻る事は出来なかったが、自由に動き回る事が出来た優人は色々な場所を巡ってみることにした。

 住み慣れた新東京市の街並み、活発に動きまわる人々の営み、そして見た事の無かった外の世界。


 見た事のない景色に生き物、そんな新しい世界を優人は飛び回っていた。

 その中で新東京市だけが唯一の生き残りだという事に気付き、驚くと同時に大切な場所を、人を護り切れたことに安堵も覚えていた。


 アビスの居なくなった世界で、その役目を終えた装者たちは新たな役割を与えられていた。

 生存圏を開拓する“開拓者”。

 絶望に立ち向かう“防人”から、未来を切り開く“開拓者”となった装者たちは生き生きとしていた。

 その中にはもちろん、木乃香達3人の姿もあった。

 アビスとの戦いを終らせた英雄たちの一員として忙しい日々を送りながらも、時間を作っては優人の病室を訪れる姿に、何度も自分の身体に戻れないか試していたがそれだけがどうしても出来なかった。


 そして今日も、病室を訪れた3人の姿をいつもと変わらず優人は眺めていた。


(3人に申し訳ないな……)


 そう思った時だった。


『戻りたいかい?』


 聞き覚えのある声が優人へ投げられた。

 この半年間、誰にも気づかれることの無かったにも関わらず投げられた声に、驚きと共に声のした方向を見る。

 そこには、優人と同じように半透明な“ダアト”の姿があった。


(ダアト?!なんでお前が……)


 半年前の戦いで倒した筈のダアトの姿に、驚きの声を上げる。


『ああ、君は勘違いをしているよ。僕は確かに“ダアト”だけども、君の知るダアトではない』


(……どういうことだ?)


『“ダアト”は単なる個体としての名前ではなく、概念の名前なんだよ。つまり、僕は新しい“ダアト”さ。君たちの事は知識として知っているだけだよ』


 あの時のように、何を考えているのか分からない笑みを浮かべながら話を始める。


『“ダアト”とは知識を司る概念だ。人類の進化を進める存在であり、そのための障害を作り出す存在。障害は様々だけど、君らが一番わかりやすいのは“アビス”だよね』


(また、アビスを作り出そうとしているのか?)


 優人の手に力がはいるが、それを“ダアト”は笑い飛ばした。


『ははは、そんな事はしないよ。君らは可能性を見せた。人類の進化は見守るに値する、と。それが君だ』


(俺……?)


『そうなんだけど……君は気付いていないのかい?君は既に“ヒト”の領域を超越しているんだよ?だからこそ、肉の身体を捨てたんだろう?』


(え?は?)


 突然示された自分の状況に、優人は困惑の声をあげた。


『なんだ、知らなか…………ああ、そうか。本来の導き手である“ダアト”は、他ならない君自身の手で倒されていたんだったね』


 そう言って“ダアト”は苦笑を浮かべる。


『それじゃあ、代わりに僕がその役割を代わりに果たそうか』


 そう言った“ダアト”は、浮かべていた笑みを消すと厳かな雰囲気を放ち始めた。


『汝、頂へ至りし者。ヒトの身を越え、神の領域へ至った汝は何を望む?』


 気が付けば辺りは病室ではなく、いつかの暗い世界に二人はいた。


「頂?望み?」


『そうだよ。神の領域に進化した君の望みを聞かせてくれ』


 “ダアト”の言葉への答えは既に決まっていた。


「望み……俺が望むのは、木乃香達の傍で生きたい」


『……それは折角至った頂から降りる、ということかい?』


「……それが、俺の望みを叶えるのに必要なら」


 優人の答えに、“ダアト”は複雑な表情を浮かべる。


『全く、何と言うか……君は僕の予想を超えるね。前のダアトの気持ちが分かったよ』


「それはどういう……?」


『ただの独り言さ。君の望みは分かった。少々もったいない気がするが、それは次に頂へ至る者を楽しみにすることで堪えよう』


 そう言うと、“ダアト”は優人へ手を差し伸べる。

 それと連動するように、優人の身体が翡翠色に光り出した。


『それじゃあ、戻すよ』


 ダアトの言葉と共に、優人の意識は暗転した。

 それも束の間、今まで感じていた浮遊感が無くなり重い“肉体”の感覚が戻ってきた。

 目を開けると、目の前には病室の天井と木乃香達の姿が見える。


「ああ、やっと戻ってこれた」


 優人の呟きに気付いた3人が一瞬沈黙し、次いで歓声を挙げた。


 もみくちゃにされる優人の姿を“ダアト”はひとしきり眺めると、誰にも聞かれない呟きを残して姿を消した。


『人類よ、進化への道は既に開かれた。君たちが辿り着くのを、僕は心待ちにしている━━━━いつか至るその頂へ』


ようやっと完結です!

今までお付き合い頂いた読者の皆様、ありがとうございました!

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