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優人の意識は暗闇の中にあった。
そもそも自分が意識を失ったのかも、ここが何処なのかも分からなかったが、不思議な安心感と浮遊感を覚えていた。
ついさっきまで纏っていた筈のCAD“大和”はどこにもなく、それどころか衣服さえもないといった状態だった。
「ここは……?」
辺りを見回しても、木乃香達の姿どころか何もない空間が広がるだけだった。
ふと、足元が明るく光り出す。
見ると、翡翠色の光の玉が優人に向かって駆け上がってくるところだった。
「うわ!」
咄嗟に手を顔の前にかざすが、優人の身体をすり抜け更に上へと昇っていく。
初めは数えるほどだった光の玉も次第に数を増やし、真っ暗だった空間が眩しいまでの輝きに包まれていた。
「うお!なんだ!?」
しばらく光の奔流を眺めていた優人だったが、その奔流に押されるように身体が上昇を始めた。
「ちょ、どこに向かってるんだ?!」
『やあ、随分と早かったね』
急な出来事に困惑する優人へ、どこからともなく声が掛けられた。
「その声……ダアトか!これはお前の仕業なのか!?」
姿は見えないながらも、その声はついさっきまで戦っていたダアトのものだった。
『いやいや、これは僕がやっている事じゃないよ。そもそも、僕は君に倒されたじゃないか』
優人の脳裏に、ダアトが浮かべていた微笑が思い起こされる。
何を考えているのかを包み隠すような笑みだ。
「そうだ、俺が止めを刺したはず……」
『そうだよ。今の僕は、概念であったはずの僕が倒されてバラバラになった残滓、みたいな感じだよ』
「そ、そうなのか」
『まあ、君にとっても僕にとってもそれは重要な事じゃないし、あまり時間もないから要点だけ伝えるよ』
笑みを含んでいた声色が、真剣な雰囲気に変わる。
『君は今、進化の樹を昇っている』
「樹?……樹なんて、どこにもないじゃないか」
『そりゃあ、昇っている最中だからね。聞いたことは無いかい?セフィロトの樹って』
セフィロトの樹、生命の樹とも言われるそれは、様々な解釈がされタロットカードなどと結び付けて研究がされたりしている、創作物で良く聞く単語だ。
「聞いたことくらいはあるけど……それが、ここって言うのか?」
『その通りだよ。あともう少しで進化してくれると思っていたけど、まさか僕との戦闘に勝利することが引き金になるとはね』
そこまで聞いた時、優人たちの状況を思い出した。
「そうだ!ピラーが崩れて!」
『……うん。そっちに関しても把握しているよ。実はそれもあって声を掛けたんだ』
優人とダアトの声が響く間も、翡翠色の光はその勢いを増し、昇るスピードが速くなっていく。
『まず、これは君に謝らなければならない。君たちが攻略しようとしたピラーのコアだけど、僕が居なくなったことで暴走している』
「な……!」
『幸い、身体の構築に時間がかかっている様で、幾ばくかの猶予はある。だけど、それもそんなに長くなない』
ダアトの言葉に、優人に宿った焦りが大きくなる。
「それじゃあ、早くみんなの所に行かなきゃ!」
『いや、それは出来ない』
「どうして!」
『ここから出ることが容易でないんだ』
「そんな……」
突き付けられた現実に、優人の声が力を失う。
『そもそも、仮に君が此処から出られたとして、アレを倒すことは難しいよ。倒すには、君たちが要塞型と呼ぶアビスを倒した時に使ったものを、100は容易しないと無理だね』
「そ、そんなのが……そしたら、皆はどうなるんだよ!」
『このままだったら、成す術無く全滅、だろうね』
絶望が、優人の心臓を掴んだ。
『そんな顔をしないでよ。このままではって僕は言ったんだよ。人類をそのまま滅亡させるのは、僕も本意じゃないよ』
姿が見えていれば、不敵な笑みを浮かべていそうな声色だ。
「何か手が有るのか?」
『もちろん、ただ……君には、少し辛い目に遭ってもらうことになるけど』
「辛い目って……今さらだよ、誰かを失う事より辛い事はない」
『そっか……じゃあ、やるよ』
その瞬間、今まで緩やかだった加速が急激なものになる。
声すら出すことが難しいぐらいだ。
『喋れないと思うから、勝手に話すよ。いま君は、進化の頂へ向かって昇っている。今までの君は人の領域に収まっていたけど、これから至る場所は君たちが神と呼ぶ者たちの領域だ』
不思議と、ダアトの声だけが明瞭に響いてくる。
『個としてだけでなく、種としての進化……それは、君に大きな変化を与えるだろう』
優人の行く先に、薄っすらと透ける黒い壁が見えてきた。
『ただそれは、君という“個”をかき消してしまう変化になってしまうかもしれない』
どんどんと壁が近づいてくる。
スピードが緩むことは無く、むしろ更に加速しているような感覚を優人に抱かせた。
『あの壁を越えた先で、君が“君”であれることを祈っているよ』
翡翠の光が優人を包み、壁へと飛び込む。
『自分を見失いそうになった時、自分の“失いたくないもの”を思い浮かべるんだ』
壁に激突した衝撃はないものの、優人の意識が再び薄れていく。
薄れゆく意識の中で、ダアトの声がハッキリと響いた。
『さあ、行け優人くん━━━━その頂へ』
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