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二三四博士の研究室から朱夏が家に戻り玄関の扉を開けると、珍しく父が先に帰ってきていたのか明かりが点いていた。
「ただいまー、父さん?」
「朱夏、おかえり。ちょっと待っててくれ、晩御飯を作っている最中だ」
「え?!」
玄関から居間に繋がる扉から姿を覗かせた父親は、エプロンと頭には三角巾という由緒正しい恰好をしていた。耳を澄ませば、何かを炒める音が聞こえ、香ばしい匂いが朱夏の鼻を刺激する。
「お、お父さん……どうしたの、その恰好?それに、料理なんて出来たの?!」
「む……確かに最近は作っていなかったが、これでも独身時代には自炊をしていたんだ。この格好は、料理をする時の基本装備だ……もうすぐで出来上がるから、荷物を置いて居間に来なさい」
朱夏の返答を待たずにそれだけを言うと、すぐに料理に戻る。鍋を振るっているのか、ジュウジュウという音が聞こえてきた。以前と違い家に帰ってくるようになったが、それでもご飯を作るのは朱夏の役目だった。朱夏自身も今まで自分がご飯を作ってきたため、そのことに疑問を抱くどころか自分の役割として考えていた。
驚愕の念を抱きながら、父に言われた通りに荷物を置き居間へ向かう。思い返す限り、母が生きていた時はご飯を作るのは母の役目だったので、父が料理をする姿は初めて目の当たりにする。
居間の扉を開けると、炒め終わったのか鍋から皿に料理を盛っている父親の姿があった。
「久しぶりだったが、意外に身体は覚えているものだな。さあ、食べようか」
席に着いた朱夏の前にそう言って置かれたのは、お椀型に皿へ盛られた黄金色の炒飯に、溶き卵が躍る中華スープだった。どちらからもいい匂いが立ち上り、空腹のお腹を刺激する。
「い、頂きます」
二人で両手を合わせ、スプーンを炒飯の山へ差し込む。パラパラのご飯は軽くスプーンを受け入れ、山が崩れる。
「わ、凄い……パラパラだ!」
「そうだろう。炒飯は母さんにも絶賛された私の得意料理だからね。味も確かだよ」
得意げに笑みを浮かべる父に促されるまま、スプーンを口に入れる。疲れた体に丁度いい塩気に、涎が溢れてきた。
「父さん……めっちゃ美味しい!え、こんなに料理が上手いなんてビックリしたんだけど!」
「まあ、最近は全然してなかったからな。明日から帰れなくなるから、今日ぐらいはと思ってね」
確かに、明日からはF計画の為に父さん達は帰ることもままならないほどの忙しさに見舞われるだろう。それを考えて、早めに帰り、自分の為に料理までしてくれたという事実に、朱夏の胸が一杯になった。
「父さん……ありがとう」
「うん、喜んで貰えてよかった」
それからしばらくして、晩御飯を食べ終わった二人は食後のお茶を飲みながら向かい合っていた。いつもと変わらない朱夏だったが、ソッと前を伺う。その視線の先では、何かを言いたげに口を開いてはすぐに閉じる父親の姿があった。
「…………父さん?何か言いたいことでもあるの?」
「む……うん……そう、だな」
「もの凄い歯切れの悪さだね、そんなに聞きづらいことなの?」
父親としての威厳なんて全く感じられない、分かりやす過ぎるほどの返事に、思わず笑みがこぼれる。
「いや、気を悪くしないで欲しいんだが……無理をしていないか?」
「…………」
その言葉に、すぐには返事を返せなかった。無理をしている……訳ではないはずだ。ただ、アビスと戦う事に全くの恐怖を感じていないかというと、そうではないのも事実だ。
「そのCADを着けているという事は、もう博士から話があったと思うが、朱夏はF計画で主力として考えられている。つまりは、最前線で戦う事になるのは間違いないだろう」
黙る朱夏に、続けて言葉が投げかけられる。
「我々も多くの議論を重ねたし、学生に最も危険な役割を託すことに対して反対が無かった訳ではない。むしろ、反対は多かった。それでも、今の計画になってしまったのだが……」
そこで一旦、言葉が途切れる。
「もしも……もしもだ。朱夏が無理をしているなら……」
「父さん」
その言葉を、朱夏は最後まで言わせなかった。戦う事に不安はある、恐怖だってある。所詮はつい最近まで護られるだけの一般人だったのだから、仕方のないことだ。それでも、戦う力を持ち、機会と役割を与えられた。
「そうやって心配してくれる事、本当に嬉しい。確かに、全く無理をしていないかって言うと、そりゃちょっとはしてるよ」
笑みを浮かべながら、自分の弱さを吐き出す。
「だったら!」
「でもさ、一緒に戦ってくれるみんなや、優人たちだっている。それに……」
そう言って左手首に着けられた赤いCADを撫でる。
「父さんだって護ってくれてるでしょ?」
そう言う娘の姿に、男の脳裏には過去の出来事が浮かんでいた。
(戦うのは怖くないわ、だって……貴方が調整してくれたCADが護ってくれるでしょ?)
そう言って笑った愛する妻の面影が、娘に重なる。
「そう……だな。うん、その通りだとも」
「うん、だから私は大丈夫だよ」
そう言って笑う娘の姿を滲ませながら、今度こそは必ず護ると固く誓ったのだった。
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