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「このちゃんは、どうして帰りたくないの?」
幼い優人がブランコを漕ぎながら、木乃香へと話しかける。
「……帰りとうないんや」
「そっかぁ」
ギーコ、ギーコと優人の漕ぐブランコだけが音を立てている。無遠慮に自分の内側に入り込んでくるでもなく、かと言って突き放されているわけでもない、ただ傍に居るだけの優人の存在が、どこか心地よく感じた。
「……それだけ?」
「え?だって言いたくないんでしょ?お父さんがそういう時は、黙って傍にいるもんだって言ってたから」
自信満々に笑みを浮かべながらそう言う優人の姿に、張り詰めていた木乃香の気持ちが和らぐ。
「そっか」
「そうだよ!」
勢いよく地面を蹴り出して、優人と同じようにブランコを漕ぐ。そうして、しばらく互いのブランコを漕ぐ音が響いたところで、木乃香が口を開いた。
「あのね、ウチの家ってお国を護らなあかんのやって」
響いていたブランコの音が止み、木乃香の声だけが広がる。
「ウチも将来お国を護れるように、今からお稽古をしてるんやけど、それが嫌で家出してきてしもてん」
「お国を護るって……装者ってこと?!」
「え?いや……分からんけど、なんで?」
キラキラした目で聞いてくる優人に、木乃香は驚く。それまで落ち着いていた姿が嘘の様で、年相応の無邪気な憧れが木乃香に向けられていた。
「僕のお父さんとお母さんはね、装者っていう人を護る仕事をしてるんだ!すっごいカッコいいんだよ!」
両親の事を思い浮かべているのだろう、尊敬に満ちた表情を見て木乃香は自分が課せられていた稽古の先に、目の前で男の子が憧れを露わにするほどのものがあるのだと気づいた。
「……それって、ほないにカッコええの?」
「カッコいいよ!」
力強い優人の声に、言われるがままに行っていた稽古に初めて、意味を持たせられたように木乃香は感じた。
「そっか……じゃあ、頑張ってみようかいな」
押し付けられるだけ、言われるがままでは苦痛だったものが、とても単純な自分の納得できる意味を持った瞬間に、やってみようという前向きな気持ちに変わった。そんな装者、白衛木乃香の始まりの日。ここから木乃香のすべては始まった。
「そう言えば、ほんなんもあったな」
懐かしい記憶に、頬が緩む。そうは言っても、当の本人は言われるまで思い出さなかったのだから、本当に何気ない会話だったのろう。それでも、木乃香には自分の行く末を決める切っ掛けになった出来事だった。
「そやさかい、あの日に優人が憧れた姿に恥じんようにする」
一人呟く木乃香が、安置されている天逆鉾をついに発見する。都合のいい事に周囲に人は居らず、今ならば天逆鉾を持ち出すことも可能だろう。
「これがあれば、あのアビスを……」
そう言って、木乃香は手を伸ばした。
「そうそう、お膳立てしてあげてるんだからちゃんと役に立ってよ?」
天逆鉾に手を伸ばす木乃香を、この世とは別の空間から眺めている存在が居た。ダアトだ。安置場所が公表されていなかった天逆鉾が発見できたこと、都合のいい事に管理する人間が居なかったこと、それは全て木乃香の幸運ではなくダアトによるものだった。
「あのティファレントが居なくなった時の原石の行動は予想外だったけど、あの爆発力があれば今度こそ頂に至れるはずだ」
その時を思い浮かべて、初めていつもの微笑ではなく本当の笑みが顔に浮かぶ。
「そのために、しっかりと役に立ってくれよ」
浮かぶ笑みと対照的に、その瞳は凍えるような冷たさが宿っていた。
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