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 司令が部屋を出た後、木乃香は優人たちへお手洗いに行くと言って別行動をしていた。しかしその足はトイレに向けられることはなく、とあるものを探して基地内を歩き回っていた。目的はもちろん、“天逆鉾(あまのさかほこ)”だ。司令の言葉に納得できる部分はあったものの、それを受け入れるかどうかは受け手次第だ。


「ウチは白衛なんや。そやさかい、あれぐらいで引くわけにはいかんねん」


 そう呟く木乃香の脳裏には、幼少期のある出来事が思い浮かんでいた。






「木乃香、よくお聞き。白衛は、代々護国を担ってきた一家だ。その誇り高い使命を忘れず研鑽を積み、時には命を投げ打ってでもその使命を果たしなさい」


 それは、木乃香の母が稽古の時に常々木乃香に言い聞かせていた言葉だ。誇り高い使命。護国を担ってきたことに誇りを持っていたからこそ、娘にもそうあれかし(・・・・・・)と、慈しみながらも厳しい稽古を課してきた。彼女が、いずれその使命を果たす時に無力さを噛み締めることのないように。


 木乃香も幼心に不満が無かったわけではない。同世代の子供と遊ぶ時間は少ないし、稽古は厳しいものだったからだ。反発もしたし、1回は逃げ出したこともある。だがそれでも、今の木乃香は自分に課せられた使命に誇りを持ち、その命を使うことへ何の躊躇いもなかった。そう思えるようになったのも、“彼”と出会えたからだった。


 あの日、木乃香の稽古が始まって3か月ほどたった頃、厳しい稽古に耐えかねて木乃香は家から飛び出していた。家族の事は嫌いではなかったし、身体を動かすことは好きだったので、稽古も初めは楽しく望むことが出来ていた。しかし、それも束の間だった。友達と遊べない不満は溜まっていき、厳しい稽古への忌避感は募っていくばかりだった。そしてそれはある日、家出という形で爆発した。


 家出、とは言っても幼い木乃香に行く宛は無かった。当てもなく歩き回っていた木乃香は、いつしか見知らぬ土地に来ていた。途方に暮れて近くにあった公園のブランコに座っていた。そんな時だった、“彼”と出会ったのは。


「どうしたの?」


 “彼”はそう言って声を掛けてきた。俯いていた木乃香は、声を掛けられると思っていなかったためビックリしていた。不安そうにしていた木乃香の表情を見ていた“彼”は、何かに気付いたように手を打った。


「迷子?」


「……うん」


「お家は?」


「分からん……」


 それを聞くや否や、“彼”は木乃香に手を差し出してきた。


「え?」


「じゃあ、一緒に探してあげるよ!」


「……いや、帰りとうない」


 そんな“彼”の手を、木乃香は拒否した。家にいるのが嫌で家出してきたのだ、今さら帰るわけにはいかない。それに、厳格な母が稽古を放り出して家出をした自分をどうするのか、恐ろしかったというのもあった。


「ん~、じゃあ僕もここにいる!」


 木乃香の声に暫く唸っていた“彼”は、そう言って木乃香の隣のブランコに座った。


「僕はね、うえさかゆうと、っていうんだ。妹からは“ゆーちゃん”って言われてるよ。君は?」


「……しろえこのか」


「じゃあ、“このちゃん”だね!」


 そう言って笑う彼を、木乃香は不思議なものを見るように眺めていた。


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