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「恥ずかしいところを見せちゃったね」
俺の胸の中で思いっきり泣いた朱夏は、落ち着くとすぐに顔を洗いに行った。女子として、涙でぐちゃぐちゃになった顔は見せたくないのだろう。戻ってきた朱夏は、泣いたことで色々と解れたのか無表情という事は無く、恥ずかしさからか僅かに頬を赤らめていた。
「気にしないで、俺も両親が死んだときはそんな感じだったよ」
「そういえば、優人たちも両親を亡くしてるんだったよね」
「まあ、結構前の話だけどね」
会話が途切れる。朱夏の顔を見て、本当にさっきまでと違って表情が出るようになったなと思っていると、それに気づいたのか顔を背けられた。
「あんまり見ないで、ひどい顔してるから……」
「ご、ごめん」
流石にちょっとデリカシーが無かったか?
「それにしても、不思議だなぁ」
「なにが?」
「本当は、誰にも話すつもりなかったんだよ?」
そう言って笑う朱夏は、もうすっかり学園で見る姿そのものだった。無表情だったのは、色々と抑え込んでいたからで、これが本来の姿なのだろう。
「それが、入学して早々にバレちゃったからなぁ」
「あの時は、俺もビックリしたよ」
「本当かなぁ?そんな風には見えなかったよ?」
そんな風に、家に来た時とは違って和やかな雰囲気で話す。コロコロと変わる表情を見て、話を聞けて良かったと思った。
「それで、お父さんの件なんだけど……」
「あー、そう、だよね」
途端に暗くなる朱夏。やはり、長年の溝を埋めるのは難しいか。
「父さんね、帰ってくるのも不規則だし、私を避けてるのか帰ってもすぐに部屋に籠っちゃうから……」
「ん~、そもそもお父さんが朱夏の事をどう思っているのか、それを知りたいよね」
万が一、朱夏のお父さんが朱夏の事を何にも思っていなかったら、関係修復なんて夢の先の話だ。
「そうなんだけどね……」
「お父さんって何やってる人だっけ?」
「対アビス防衛部隊の研究基地で、CADの武装開発と整備をしてるよ」
「研究基地か……」
脳裏に、つい最近知り合いになった一人の女性が思い浮かぶ。
「ちょっと俺に任せてみてくれないかな?」
「え?それはいいけど……」
「ありがとう!」
善は急げとカバンを持つ。忙しい人だから、連絡をするのは早いに越したことは無い。唖然とする朱夏を置いて、玄関まで急いだところで振り返る。
「あ、朱夏!また明日ね!」
「え、あ、うん!また明日!」
戸惑いの表情を浮かべたままの朱夏に別れを告げて、俺は端末に登録しているある人へ連絡を取るのだった。
「主任!大変です!」
「何だね、想像しい」
連結刃の設計図が表示された画面から目を離し、答える。この青年は、技術者としても優秀でありながら、副主任としても私に足りない部分を補佐してくれる貴重な人材だ。その騒がしさを除けば、だが。そんな彼が、いつもとは違い焦ったような声色で声を掛けてきた。
「お、落ち着いてきてくださいね」
「まずは君が落ち着け……らしくないな」
「そりゃあ、こんな人から連絡が来たら僕でもこんな風になりますよ!……じゃなかった。あのですね、主任宛に電話です」
「私宛に、か?間違い電話でなく?」
ほとんど私宛に電話が来ることは無い。この課の実質的な運営者が、目の前の青年だと他の課の連中は知っているからだ。
「はい、確かに間違いなく近藤主任宛て、です」
「一体誰からだね」
「それが、君島博士からです」
二人の間に、奇妙な静寂が過る。
「…………は?」
「あ、主任でもそんな顔するんですね」
「そんな事はどうでもいい!貸せ」
とんでもない大物からの電話を、こんなくだらない会話で待たせるなんて、もし万が一に博士の機嫌を損ねようものならどうなるか、分かった物じゃない!
「お、お待たせ致しました。武装開発・整備課の近藤です」
『ふむ、君島だ。君の所の副主任は中々面白い人物だね』
「そ、それは光栄です?」
『君もユーモアがありそうだ』
緊張から、自分が何を言っているのか分からなくなってくる。君島博士は、私達技術者からしたらそれだけ雲の上の存在なのだ。そんな存在が、自分宛にわざわざ連絡をしてくるなんて状況、落ち着いて対応出来る人がいるなら見てみたいものだ。
「そ、それで今回はそう言ったご用件でしょうか……?」
『回りくどい事は苦手だから、単刀直入に言うと君の娘さんについてだよ』
「え…………?」
思いもしなかった内容に思考が完全に固まった。
『なに、難しい話じゃない。私の知り合いから、どうやら君が家族を蔑ろにしているとの相談を受けてな』
誰だそんな事をこの人に吹き込んだのは?!今度は脳内が混乱して、思考が纏まらなくなる。
『まあ、寝食を忘れて研究に勤しんでしまうことがあるのは、私にも経験があるから強くは言えないが、家族を蔑ろにするのは頂けないな。我々は、人類を守る事を使命としているのだから、自分の家族がそこに入ってしかるべきだろう?』
「ま、全くもってその通りです」
『分かってもらえて嬉しいよ。それじゃあ、聡明な君ならこの後に何をすれば良いか、分かるよね?』
「も、もちろんです。すぐにでも帰宅させて頂きます」
『よろしい。話が速い人を私は好むよ……では』
それだけを言うと、電話が切れる。嫌な汗が背中を伝っていた。
「し、主任?どんな内容だったんです?」
「…………娘のことに関しての苦言だった」
「そ、それは……主任にしては素敵なジョークですね」
「…………事実だ」
絶句する青年。それを放置して、私は昨日帰ったばかりの自宅へ帰るために準備を始めた。
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