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朝、目を覚まして部屋を出ると、自分以外の人の気配がしなかった。玄関を見ると、自分の靴だけが残っている。
「父さん、もう行ったんだ……」
突然返ってきた父さん。どうせ職場の人に帰されたんだろうけど、久しぶりに見た姿だった。母さんが死んでから変わらない素っ気なさで、帰ってからすぐに部屋に籠ってしまったが、それでも家の中に離れていても自分以外の家族がいるという状況に、不思議な感覚を覚えた。
少し前ならそんなことすら思わなかったのに、優人たちと会ってから何かが変わってきていた。
「そういえば、優人は約束を守ってくれてたな……」
昨日、麻衣たちはいつも通りに私と接してくれていた。優人とは、どうしても目が合わせられなかったけど、それでも避けるような事はしないでいてくれた。中学の頃は、無表情だったせいか話しかけてくれる人が少なかった。学園に入って、表情を作れるようになった事で友達が出来た事は良い事だけど、今度は素の自分を見られるのが怖くなってきた。
そんな時に、偶然とは言え優人に無表情の私を見られ、中学の時と同じように避けられると思ったが、そんなことは無かった。確かに、戸惑いはしていたが、無理に踏み込んでくることはせず在るがままを受け入れてくれた。それは、母さんが死んだ後に誰もしてくれなかったことだった。
「優人になら、言っても大丈夫かな……?」
そんな事を考えながら朝の準備を済ませて、何時ものように鏡の前で笑顔を作ると、家を出た。
「では、これで授業を終ります。各自、復習をしっかりとするように」
そう言って射撃担当の先生が、演習場を後にする。
「じゃあ、ウチは先に帰るなぁ!」
それと同時に、一緒に演習をしていた木乃香が手早く帰り支度を済ませていた。
「今日は早めだね?」
「そうなんやで。今日は門下生と稽古の日やさかいさ」
「そうなんだ。お疲れ様……でいいのかな?」
「おおきに!優人も、早う朱夏と仲直りしなねー」
「いや、喧嘩してるわけじゃないんだけど……」
そんな俺の言葉は、離れていく木乃香の背中に追いつけなかった。気を取り直して、俺も帰り支度をする。そうして、一人寂しく校門を通り過ぎた時だった。
「……優人」
「朱夏……」
帰ったと思っていた朱夏から声を掛けられた。その顔には無表情ではなく笑みが浮かべられているが、どこか縋るようなものだった。
「もう帰ってると思ってた……どうしたの?」
「あのね、ちょっと話を聞いてもらいたいなって思って…………だめ、かな?」
「いや、それはいいけど」
「じゃ、じゃあ、私の家に来てもらってもいい?」
「分かった。付き合うよ」
それから俺たちは隣り合って、朱夏の家へ向かった。その間に会話は無かったけど、不思議と気まずさは感じなかった。
一昨日にもきたマンションに入り、朱夏に招かれるまま家に入る。
「座ってて」
家に入った瞬間、ブレーカーが落ちるように無表情になった切り替えの良さに少し驚くが、それだけだった。ソファに座った俺の前にお茶が置かれ、朱夏が少し離れた所に座る。どう話し出そうか迷っているのか、朱夏の視線は自分が持つコップに向けられ、口は開けたり閉じたりを繰り返すばかりだった。
「ごめんね。私から呼んだのに、こんな調子で……」
「いいよ、待ってるから」
「……やっぱり、優人は優しいね」
ポツリと言葉をこぼし、決心がついたのか顔を上げた。
「ちょっと長くなるかもなんだけど……」
「大丈夫、ちゃんと聞くから」
「ッ……ありがとう」
それからゆっくりと口を開いた朱夏が語った内容はこうだった。3年前に装者だった母親をアビスとの戦闘で亡くしていること。その時から父親が家に寄り付かなくなっていること。母親が亡くなってから|一度も泣けず、表情が浮かばなくなったこと《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。それ以外にも沢山の事を話してくれたが、いつの間にか俺は朱夏の事を抱きしめていた。
「朱夏、よく独りで頑張ったね」
俺たち兄妹も、両親を失っているから朱夏の辛さは分かるつもりだ。でも、俺と朱夏の違うところは、俺には麻衣や紅嶺崎さんが居たことだ。悲しみをぶつけ合って、支え合うことが出来る存在がすぐ傍にいた事だ。朱夏にも父親が残っていたが、その唯一の家族と悲しみを共有することも出来ず、中学生になったばかりという幼い心に、ぶつける先の無いその悲しみを秘めることとなった。
「お母さんが死んで、悲しかったね、寂しかったね……誰にもぶつけられなくて、辛かったね」
言葉をかけながら、強く抱きしめ、頭を撫でる。かつて、両親が突然いなくなって呆然としていた俺たち兄妹を、そうやって慰めてくれた紅嶺崎さんのように。
「…………ッ」
胸の中の朱夏の肩が震えだす。でも、まだ何か我慢するかのように自分の気持ちを曝け出すことが出来ない。
「大丈夫、朱夏は独りじゃないよ。まだ出会ったばかりだけど、俺がいるし、麻衣も木乃香もいる。だから━━━━もう、我慢しなくていいんだよ」
それが切っ掛けとなったのか、ギュッと強い力で抱き返されたかと思うと、今まで溜めてきたものを思いっきり吐き出すような泣き声が聞こえてきた。俺は、そんな朱夏を抱きしめたまま、朱夏の気が済むまでその頭を撫で続けるのだった。
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