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暗い話が続きますが、もう少しで改善されていくと予定です。
翌日、登校してきた朱夏はいつも通りの元気一杯の姿を俺たちに見せてくれた。ただ、どこか俺を避けている様な雰囲気があり、視線が合う事はなかった。麻衣たちとは、今までと同じように接していることから、あの無表情の朱夏を見たことが原因なのだろう。
「それで、そろそろ話したらどや?」
「話すって……何をだよ?」
近接CAD演習後、帰る準備をしていると木乃香が話しかけてくる。朱夏が今日の勉強会をパスしたので、麻衣は先に帰っていた。
「とぼけんといて、朱夏となんかあったやろう?」
「何もないよ……」
そんな俺の答えに、あからさまなため息が返ってきた。
「あのね……誤魔化すならもうちょっと上手う誤魔化しな」
「…………」
「優人は素直やなぁ……言えんことなのね」
仕様が無いと言いたげな表情の木乃香が、張り詰めさせていた雰囲気を緩める。
「……ごめん」
「ええって。やけど、頼ってくれる方が嬉しいんやさかいね」
「その時は、遠慮しないよ」
満足そうに頷く木乃香。正直、朱夏の事情とかが全く分からないから、どうやって関わればいいのか分からないけど、少なくとも麻衣たちに話さないという約束ぐらいは守りたいと思っている。
「じゃあ、帰ろうか」
「おう」
そうして、俺たちは学園を後にした。
「主任、最近帰ってますか?」
「藪から棒に何だね」
研究基地内の休憩室で、二人の男が飲み物を片手に話していた。一人は朱夏の父親である主任。もう一人は、部署の大黒柱である副主任の青年だった。小奇麗に整えられ清潔感のある副主任に比べ、主任の髪は乱れ髭も伸び放題と対照的な二人だ。
「いえね、最近の勤務記録を見たんですけど、主任の退勤記録が4日くらい無いんですよ。これは一体どういう事なんですかね?」
そんな青年の言葉に、バツが悪そうに視線を外す男。そんな態度に、青年は深いため息をついた。
「あのね、年上の人にこんなことは言いたくありませんけど、もっとしっかりとしないと娘さんに愛想をつかされますよ?」
「そんなことは……分かっている」
「いいえ、分かっていませんね!」
ボソボソとした男の反論は、青年の一喝で消し飛ばされた。
「主任は言葉で言っても分からないようなので、僕もやり方を変えることにしました」
そう言って手元にある端末を操作する。すると、男の持っていた端末がロックされた。
「何をする?!」
「言っても分からない人には、実力行使です。一度帰るまでは、仕事はさせません」
「このッ、君は……」
「なんですか」
「ぅ……」
青年の鋭い眼光に、ぐうの音も出ない男性。何度か自分の端末と青年の間で視線が行き来するが、観念したのか端末を閉じる。
「よろしい……今日はもう上がって下さい」
「……分かったよ」
青年に急かされるように部屋をでた男性は、ずっと来ていた白衣を脱ぎ、久しぶりに自分の上着に腕を通すと、何日ぶりかの外へと出た。外は夕焼けに赤く染まっているが、男の胸中は暗澹としたものだった。
自身でも、家に帰ることを避けていたという自覚はある。愛する妻がアビスとの戦闘で消滅してから、その悲しみを紛らわす様に娘を蔑ろにして仕事に打ち込んでいた。娘も一人で生活出来ない歳でもなかったのもあって、家に帰るのが遅くなり今では何日か家を空けるにまで至った。
正直、副主任である青年が言っていた事に一理があるのも理解出来ていた。しかし、今まで蔑ろにしてきた娘に、どんな顔をして会えばいいのか分からない。それに、成長するにつれて妻に似てきた娘を見るのが、妻を思い出して辛いというのもある。それ故、家に帰っても娘と会わないようにしてきた。
そんなとめどない事を考えていると、いつの間にかマンションの前にまで到着していた。案外、上の空でも帰られるものだと、自分の帰巣本能を苦々しく思いながら、カードキーを通す。
自宅の扉を開けると娘、朱夏が既に帰ってきているのか女性物の靴が揃えて玄関に置かれ、リビングには電気が点いていた。靴を脱いでいると、ガチャっという音がする。振り返ると、無表情の朱夏がリビングの入り口に立っていた。
「……帰ってきたんだ」
「……ああ」
「……晩御飯は」
「…………いい」
親子の会話とは思えない素っ気なさがそこにはあった。やはり、蔑ろにしてきた時間が長かったと感じながら、何か言いたげな娘を余所に男性は自室へと入っていった。もし、男性が娘の表情をよく見ていれば、その無表情の中に寂しさが混ざっていたのを気付けたかもしれないのに……
自室に入った男性は、来ていた服を脱いで部屋着に着替えると、ベッドに横になる。思えば、妻がいた頃の娘は良く笑う子だった。それが今ではどうだろうか?妻が亡くなってからだったか、あるいはそれから少ししてからだったか、笑うことが少なくなり今の無表情になっていた。
自分のご飯の用意をしているのか、料理の音が壁越しに聞こえてくる。そんな音を聞いていると、妻が生きていた頃を思い出して胸が締め付けられた。結局、自分は妻がいなければ何も出来ず、子育てなんてことは出来やしないのだと、そんな無力感を覚えながら男性は目を閉じた。
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