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「あれ……?」
駅についてポケットを探るが、あるはずの物がない。
「兄さん、どうしたんですか?」
既に改札内へ入っている麻衣と木乃香が、いつまでも入ってこない俺に首を傾げていた。
「いや、端末が……おっかしいな……確か、この辺りに…………」
もう一度ポケットを探り、カバンを広げて見るが目当ての物が無い。
「端末、忘れてきたみたい……」
「あらま、おまぬけさんやな。待ってようか?」
「遅くなっちゃうから大丈夫!麻衣も先に帰ってて、追いかけるから」
既に21時を越えていて、木乃香の家までどれくらいかかるか分からないが、あまり女の子が出歩いてて安全とは言いずらい時間帯だ。
「分かりました。気を付けて帰ってきて下さいね」
「そう言うなら、お先に!」
「うん、麻衣も木乃香も気を付けてね」
麻衣たちがホームに向かうのを見送ってから、元来た道を戻る。幸い、通ったばかりだったから道は覚えていた。
「お、このスーパーがあるって事はもう少しだな」
一際記憶に残っていたスーパーを通り過ぎようとした時、ちょうど自動ドアが開いて中から人が出てきた。
「……朱夏?」
赤い一つ結びに、さっきまで来ていたものと同じ服装。間違いなく、さっき別れたばかりの朱夏だった。その右手には、お好み焼きで消費した食材の補充か、袋一杯の野菜たちが顔を覗かせていた。
「え……?」
そんな呟きと共に振り返った顔に、自分の予想が当たっていたと安心する。それと同時に、朱夏の表情を見て驚いた。いつも俺たちと居る時に見せている、屈託のない笑顔はどこにもないどころか、全くの無表情だったからだ。
「なんで……」
「いや、端末を忘れてきちゃったみたいで……」
朱夏は俺がここに居る事に、俺は朱夏の表情にお互い驚き、上手く言葉が繋げられない。
「あ……とりあえず、家行ってもいい?」
「…………うん」
言葉はそれっきりでお互い立ち尽くしていたが、流石にスーパーの入り口前でいつまでも立っているのは邪魔な事に気付き、声を掛ける。拒否されることもなく、言葉少なく返事を返されると、俺たちは歩きはじめた。
「あ、持つよ」
重そうに膨れたレジ袋を、そう言って掻っ攫う。抵抗されることなく、袋は俺の左手に収まった。
「ありがとう……」
また無言の時間が続く。なぜか俺が先導するような形になっていたが、特に迷うこともなく朱夏のマンションに到着した。黙ったままの朱夏が進み出て、カードキーを通す。
「どうぞ……」
「お、お邪魔しまーす」
ついさっきまでいたところに、再びお邪魔することへ不思議な感覚を覚えながら入っていく。さっきと変わらない部屋の中を進み、オープンキッチンへ袋を置いた。
「野菜類はどうする?」
振り返りながら聞くと、朱夏はまだリビングの入り口に居た。
「朱夏?」
「……何も聞かないの?」
「聞いて欲しいの?」
無表情のままだったが、否定されているような気がした。別に気にならない訳じゃないし、正直は事を言えば色々と聞きたいことはある。でも、それで聞き出すことになる内容は、朱夏にとってとても大事な内側の話になるだろう。仲良くなったとはいえ、出会って数週間しか経っていない俺が、それを聞き出そうというのは虫のいい話だと思った。
「まあ、気にはなるけど……朱夏が話したくなったら話してよ」
そう言いながら、冷蔵庫を開けて袋の中身を入れていく。冷蔵庫の中はキレイに整頓されていて、キッチンもチラッと見ただけだが使いやすいように片づけられていた。それだけでも、朱夏が無表情であるだけで無気力な訳ではないことが分かる。
「……よし。とりあえず適当に入れちゃったから、あとで好きなように片づけてね」
そう言いながら冷蔵庫を閉め、ここに向かう事になった原因を探す。あるとすれば俺が座っていたソファ辺りだ。
「え~っと…………お、あったあった」
パッと見た場所には無かったが、よくよく探してみるとソファの背もたれと座席の隙間に入り込んでいる端末を見つける。ポケットの入れていたのが何かの拍子に入り込んでしまったんだろうな。
「さて、と……探し物も見つかったし俺は帰るね」
見つけた端末を今度こそ忘れないようにしっかりと仕舞うと、玄関に向かう。あんまり俺が長居すると、朱夏が休まらなそうだし。
「待って」
「なに?」
朱夏とすれ違って廊下を進んでいると、呼び止められたので振り返る。
「…………その、今の私のこと、みんなには……」
「安心して、言わないよ」
絞り出したような言葉に、朱夏の目を見て返す。相変わらず表情は動いていないけど、意外に瞳には感情が宿っているみたいで、安堵しているのが伝わってきた。
「じゃあ、また明日ね」
「……うん、また明日」
さっきより幾分か、ハッキリとした声で別れの言葉を交わす。今度は玄関までだったけど、朱夏の見送りを受けて俺は今度こそ家路についた。
彼が帰り、扉が閉じる。今は、誰もいないこの空間に安らぎを感じていた。全く予想していないタイミングでの出会いに、自分の考えが纏まらない。正直、何も聞かれなかったのは嬉しかった。今の状態では、要領を得ないことばかり話してしまっただろう。
「……また明日、か」
不思議とその言葉に、笑顔の私じゃなくて今の自分が受け入れられたような感覚を抱く。まあ、そんな感覚になっても表情は変わらないのだけど。自分の部屋の鏡に映る顔を見ながら思う。ぐるぐると渦巻く胸の内を抱えてベッドに飛び込むと、意外に疲れていたのか眠気が襲ってくる。
「あ……晩御飯、作ってないや」
そんな事を思ったが、眠気は私を離してくれずそのまま意識を飛ばすのだった。
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