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「それで、本題なんですけど。3年生が実戦訓練をするって聞いたんですが、本当ですか?」
クッキーを食べ、紅茶を飲んで一息ついた朱夏が聞く。
「あ~、噂になってるんだ~」
「まあ、あんな事があった後だしね。気になるよね」
あんな事、と由紀先輩が言うように今回起こったアビスの侵攻規模は、ここ数年では見ないレベルだったのだ。そのため、多くの人が色々な情報を求めている。
「結論から言うと本当だよ」
詳細を聞くと、どうやら実戦と言ってもアビスと戦闘を行う事まではせず、天岩戸より外の斥候任務に同行するといった内容なのだそうだ。さすがに、学生にいきなりアビスと戦闘してこい、なんて事は学園側も言わなかったか。装者2名に学生6名と少々バランスの悪い構成だが、人員不足を考えればこれでも最大限に調整した結果なのだろう。
「もう曜日も決まっていて、私達は来週の金曜日に同行することが決まったんだ」
「結構早いんですね」
「そうだよね。急に決まった事だから私達も言われるがまま、って感じだね」
先輩達も、今回の急な話に困惑しているのが伝わってくる。
「1年生たちも、毎年やっている防衛基地の見学が延期になったって聞いてるよ?」
こちらも、とばかりに由紀先輩も聞いてくる。多くの情報を知りたいのは、先輩達もだったようだ。
「ほら今朝、担任の先生から言われた。日程を調整中ってことで、決まり次第アナウンスされるそうです」
「そっか。行けるなら行った方が良いからね。自分の未来予想とか出来るから」
そうやって先輩達と朱夏達が情報交換している中、俺と麻衣は静かにそれを聞いていた。基地見学に関しては先日の一件があったため、一部とは言っても基地の見学は出来ているし、アビスとの初戦闘も行っているからだ。何か変に話して、ボロがでたらマズイ。
多めに用意したクッキーは、話しながらも次々と伸ばされる手に数を減らして、あっという間に無くなってしまった。
「あ、もう無うなってしもた」
「ほんとだ。すぐ無くなっちゃったね」
「キリもいいし、ここらでお開きにしようか」
「先輩方、お時間頂いてありがとうございました!」
「どう致しまして~、何かあったらいつでも連絡していね~」
家に居る時と同じように、テキパキと食器を片付けて先輩達を見送る。急な事だったのに、嫌な顔一つせずニコニコとそう言うと、先輩達は帰っていった。
「これからどうなるんだろうね」
「ほら、今考えてもしゃあないで。与えられたことこなすしかあらへんって」
「……そうだね」
ポツリと漏れた朱夏の声に、諭すような木乃香の言葉が返される。それに納得したのか、一つ頷くと俺たちは帰路についた。
防衛基地の一室。そこでは、司令と数人の隊員が沢山の紙を広げながら話をしている。ここにいる人々は、各部署の責任者やそれに準ずる人で、アビスによる侵攻後の動きについて確認していた。
「さて、当分は装者に負担をかけるが、防衛に関してはこれでいいだろう。次にあの規模で侵攻されたら、何人生き残れるやら……」
「それは今考えても仕方ないですよ、司令」
「そうだな……それよりも次だ。学園関連についてだが、急遽3年生の斥候任務同行が決まった。これは先日の侵攻を受け、卒業時により即戦力として扱えるようになることを期待しての試みだ。斥候任務という事で天岩戸からさほど離れない行程だが、アビスと絶対に戦闘にならないとは言えない」
司令の言葉に頷く人々。実際、斥候任務中にアビスと遭遇して戦闘になったという事は、よく聞く話だ。それでも、1体や2体といった数なので、被害を出すことなく装者は帰還しているのだが。
「ただ、諸君も知っての通り出撃出来る装者の数には、大きな制限が掛けられているのが現状だ。そこで、編成は装者2名に対して学生6名となっている」
何人かが苦々しい表情を浮かべるが、それは司令も同じだった。それでも、そうでもしなければ防衛任務に支障をきたしてしまうため、ギリギリの判断だった。
「また、毎年行っている1年生の基地見学だが、来週の金曜日を予定している。100人近い大所帯だが、当日は幾つかの斑に分けて行動することになっている。各自、配布資料などの準備をしてくれ」
「了解!」
その他、細々とした報告や情報共有が終わると、隊員たちは時間が惜しいとばかりに次々と持ち場へ帰っていった。それを見送り、部屋に一人となった司令は大きく息を吐くと、部屋に備え付けられたコーヒーメイカーでコーヒーを作る。豆のいい匂いが、部屋に充満していく。気持ちを落ち着かせてくれるコーヒーの匂いが、この司令は好きだった。
それを持って椅子に座り、デスクに広げられた資料の中から目当てのものを引き出す。そこには、1年生ながらもアビスを撃破した二人の情報が書かれていた。
「まさか、あの二人の子供だったとはな……」
父親と母親の欄に書かれている名は、かつて共に戦った事もある精鋭装者のもの。“紅の戦姫”と呼ばれている紅嶺崎刀子と同じように、大層な二つ名をつけられていたくらいだ。技術が遺伝するわけがないが、あの二人の子供なら有り得ると思えてしまうほどだった。
一瞬の感傷と共にそれを脇に避け、別の紙を引き出す。次に引き出したのは、先日初めて観測された新型アビスに関してだった。1体しか観測されなかったが、その形状と当時の状況から、我々の索敵網に何らかの影響を与えられる個体であると推測されていた。それが、情報を欺瞞出来る程度なのか、それ以上の機能があるのかといった事は分かっていないが、それでもアビスが進化を続けている証拠にはなった。
「人類は、未だ安住の地を見つけず、か…………」
尽きることのない問題に頭を悩ませながら、飲み終えたコーヒーを置き資料をまとめると、司令も自分の仕事に取り掛かる為、部屋を後にした。
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