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実際に空をこうして飛ぶのは、思い返してみると初めてかもしれない。授業ではちょっと浮遊するくらいだったし、それ以外ではVR空間でしか訓練をしてきていなかった。車の車窓から望むより早く景色は後ろに流れていくのに、晶力シールドのお陰で風圧は軽減されていて不快さは感じない。
「兄さん、先ほどから通信がきているのですが……どうしますか?」
俺の後ろを飛行している麻衣が声を掛けてくる。確かに、さっきからヘッドセットから通信を示す音が鳴り続けている。
「あー、博士だよな……どうせ戻れってことだろうし、無視しよう」
「分かりました」
通信をカットして周囲を見る。眼下は既に天岩戸の外、アビスの領域。所々に黒水晶が生えている以外には何もない不毛な大地だ。俺たちが飛行しているからか、ミサイル攻撃は一時的に止んでいた。
「兄さん、そろそろ有視界でもアビスを確認できます」
ホログラムゴーグルのレーダーを見ながら麻衣が教えてくれる。
「分かった。麻衣は少し離れた所で援護してくれ」
「兄さんこそ、シールドがあるからと言って油断しないで下さいね」
「当たり前だろ」
緊張を紛らわすように軽口を叩き合う。彼方には、すでにアビスの姿が見えてきていた。俺たちが出撃する直前に放たれた砲撃で、見えるアビスは砲撃型ただ1体だ。
「それじゃあ、やるか!」
「はい!」
ブーストをかけてアビスへ突撃する。両手には、いつもの突撃銃を展開していた。近づくとアビスから紅い光線が放たれるが、回避をしつつシールドで受け止める。最初の内は実際にシールドへ光線が当たると身構えてしまっていたが、慣れくると自然にシールドを頼れるようになった。
なかなか墜ちない俺に業を煮やしたかのように、アビスの攻撃が苛烈になってきた。戦闘により集中が高まってきたのか、先ほどよりも良く見えるそれらを回避しながら、彼我の距離を詰めていく。
時折後ろから飛んでくる翡翠の光は、麻衣の狙撃だ。アビスに当たり、少しずつではあるが装甲を削っていく。麻衣の援護を受けて射程圏内に入った瞬間、トリガー。吐き出された銃弾たちがアビスに殺到する。
距離が近づいた分、アビスの光線を回避するのも難しくなり、シールドに頼る事が多くなってきた。距離による減衰が無い分、光線の威力が高いのか直撃すると反動で体勢を崩してしまう。それを制御しつつ何とか射撃を続けていると、突如アビスの前方に光が宿る。
「兄さん!砲撃が来ます、避けて!」
「うおッ!」
自分でも見えていたため、麻衣の声と同時に左へスライドする。シールドを掠めて、俺が元居た場所を先ほどまでの光線よりも太い砲撃が通り過ぎていった。
「くそ!これじゃあ、近づけない!」
止まない光線と時折放たれる砲撃に、俺たちは近づく術を持たなかった。光線を避けながらチクチクとアビスの装甲への攻撃を続けるが、表面を削っているだけで倒せる見通しがつかない。
「兄さん、私が隙を作ってみます。だから、一息に!」
「どうやって?!」
「砲撃の瞬間を狙撃します。そうすれば、さすがに暴発して隙が出来るはず!それに、砲撃の瞬間は光線の密度が低くなります!」
遠くにいる麻衣だからこそ気付けた、このアビスの攻略法。アビスの攻撃を必死に回避して、射撃を続けていた俺には気づけなかった。
「……それ以外にいい案が思い浮かばないな。よし、やろう!」
「タイミング、しっかりと図って下さいね」
「麻衣こそ、外すなよ」
射撃を続けながら、砲撃のタイミングを伺う。そして、そのタイミングはすぐに来た。砲撃の為か、僅かに光線の圧が弱くなる。
「今、だぁあああッ!」
後の事なんて考えずに、ただ麻衣がやってくれることを信じて飛び込む。俺をアビスの砲身が捉え、紅い光が集まり放たれる直前、一際強い翡翠色の光がそこへ着弾した。悲鳴のように、砕けた砲身がカシャンと音を立てる。
「おおぉおぉおおおお!!」
雄叫びを上げて自分を鼓舞し、吶喊する。放たれる光線はシールドで防ぎ、牽制のために左手の突撃銃をろくに狙いもつけず乱射しながら、右手に刀を展開する。
「いっけぇッ!兄さん!」
麻衣の声を背に受けながら全力でブーストし、タックルするかの様に突っ込むと刀をコアへねじ込んだ。爆発によって剥き出しになっていたコアは、抵抗なく刃を受け入れる。
一瞬の静寂。
数度明滅したのちにコアは光を失い、それと連動してアビスが崩壊していく。
「終わった……」
長く息を吐いて緊張をほぐす。実際に動いていた時間は短いはずなのに、訓練の時よりも息があがって強い疲労を感じる。実戦と訓練がここまで違うとは……
「兄さ~ん!」
「麻衣!」
飛び込んできた麻衣の表情も明るいものだ。両手を広げて抱きしめる。
「良かったぁ……当たってよかったよぉ」
強い緊張が解けた反動か、若干退行した麻衣の頭を優しくなでる。
「麻衣のお陰で倒せたよ。ありがとう」
「本当に!」
麻衣が浮かべた満面の笑みに、見慣れていたはずなのに胸が弾んでしまう。やっぱり、うちの麻衣は可愛いなぁ。
「それじゃあ、帰ろうか」
「はい!」
「ほーう……それでは、私も混ぜてくれるかな?」
「もちろんですよ!くれざ、き……さん?!」
聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、とてもイイ顔をした紅嶺崎さんが居た。
「前線に出ていたんじゃあ……」
「2次防衛ラインと本部に連絡が取れなくなって、慌てて戻ってきたんだよ。そうしたらどうだ、居る筈のない二人がいるじゃないか」
ゴゴゴゴという音が聞こえてきそうな声の圧に、浮かべた笑顔がひきつる。ついでに冷や汗が出て、背中がぐっしょり濡れてきたのを感じた。
「話を、聞かせてもらえるよな?」
「……もちろんです」
それから俺たちは、防衛基地へと戻るまでの間に全ての経緯を話すことになった。
少し短めでしたが、いかがでしたでしょうか?
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