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空気を切り裂きながら天岩戸に直撃した光線は、都市を大きく揺るがした。シールドが明滅し、うめき声をあげる。そんな様子を、優人たちは地面に伏しながら見ていた。
「マズイ……このままでは、天岩戸が保たないぞ!」
天岩戸の状態を見て、博士の悲壮な声が屋上に響いた。光線はそのまま照射され続け、一際明るく光った天岩戸を貫くと、都市の上空を走り消える。
「こんな、こんなアビスがいるなんて……ッ!本部!天岩戸の再展開にどれくらい時間がかかる?!」
『二三四博士!それが、装置への高負荷によって再展開が出来ません!』
「そん、な…………」
「博士!アビスがまた動き始めました!」
立ち上がり、再び狙撃銃を構えた麻衣が叫ぶ。麻衣の目には、砲撃型が開いていた後部の機構を閉じ、アンノウンと共に再び新東京市へ向かってきている光景が映っていた。
「出撃させられる装者もいない、頼みの綱の天岩戸も展開出来ない……万事休すか…………」
暗い雰囲気が周囲に漂う。たかだか2体とはいえ、武装していない人間がアビスに抗う事は難しい。例え前線の装者が事態に気付き、何人かでも戻ってこられたとしても、その頃には多くの人が消滅させられている事だろう。アビスとは、それだけ人類にとって“脅威的な”存在なのだ。
それでも、そんな状況でも、今まで人類は絶望に屈せず前を向いてきた。ちょうど、何かを振り切るように一度目を閉じ開いた少年のように。
「博士……俺、行きます」
力強い視線が博士を射抜く。
「行くって……まさか!」
「行って、戦います」
「そんな……無茶だ!そもそも君は、つい数日前にCADに触れただけの一般人なんだぞ!?それが出撃したって、やられてしま━━」
優人の言葉に慌てた博士が、思いとどまらせようと言葉を重ねる。しかし、優人は静かに首を振った。
「それでも!……それで死ぬことよりも、何もできないことの方が嫌なんです!」
「ッ!」
「今でも思い出します、10年前のあの時のこと。俺は何も出来なかった……力が無かったから、ただ父さんと母さんの後ろで震えているしかなかった」
「優人くん……」
「でも今は違う。俺には手に入れたばかりだけど、力がある。父さんたちと同じ、装者としての力が!」
優人が心に留めてきた思いが爆発する。あの時の無力感を忘れたことはない。その時の悔しさを忘れたことはない。戦える力があるのなら、それを出し惜しみするのは我慢ならない。そんな思いが、口に出さずとも視線を通して博士に伝わる。
「それでも、私は君が出撃することを認められない……認めたくない。私は、紅嶺崎に君らを任されている。親友の信頼を、裏切ることは出来ない」
優人の考えがあるのと同じように、二三四にも譲りたくないものがあった。
「それに天岩戸が使えなくても、天岩戸周囲に設置された迎撃システムは依然、健在だ。前線部隊が戻ってくるまでの時間は稼げるだろうよ」
諭すように声を掛ける。博士を困らせたい訳ではないのだ、そう言われてしまうと、優人はそれ以上何も言えなくなる。
「さ、部屋に戻ろう」
頷く優人とCADを解除した麻衣の背を押して、室内へ入ろうとした時、博士の端末が音を立てる。
「はい、君島です」
『こちら本部!博士、緊急事態です!』
「どうした?」
『先のアビスの攻撃の影響か、迎撃システムの一部にエラーが発生しています!このままでは、システムを起動できません!』
「なんだと!?……クッ、私が行かねばならないか……。優人くん、麻衣くん、くれぐれも無茶なことはしないでくれよ」
そう言って駆け出す博士。迎撃システムのエラーを解消するために、天岩戸へ向かったのだろう。屋上に残ったのは、兄妹二人だけだ。
「兄さん、さっきのは……」
「本心だよ……もし、本当にダメそうだったら……博士には申し訳ないけど、俺は行くよ」
「…………」
その言葉に俯いたままの麻衣。
「その時は、麻衣はここにいてくれ」
「……嫌、です」
顔を上げた麻衣の目には、先ほど優人が宿していたものと同じ強さの光が宿っていた。
「……え?」
「私だけ置いていかれるのは、嫌です。私だって、兄さんと気持ちは同じなんです。私だけまた守られて、残されるのは、嫌です!」
「麻衣……」
「だから、兄さんが行くなら……私も行きます」
「……分かったよ。その時は、一緒に行こう」
研究所から車を全速力で走らせて、天岩戸に隣接された防衛基地に飛び込む。指令所では、沢山の隊員が走り回っていた。その中、矢継ぎ早に支持を出している司令に近づく。
「状況は?!」
「二三四博士!まだ、システムは復旧出来ていません……」
「クソッ!コンソールを借りるぞ!」
言うや否や、近くのコンソールに座ると、物凄い勢いでタイピングを始めた。基地のシステムから迎撃システムにアクセス。エラーの原因を探る。
「……コレか」
原因は、アビスの砲撃により回線の一部がショートしたことによるものだった。すぐさま迂回路を作成し、システムを繋ぎ合わせる。
「これで、どうだ!」
「ッ!迎撃システムコンタクト!迎撃兵装群、起動します!」
その言葉の通り、モニターには起動していく無数の無人ミサイル発射装置などが映し出されていた。
「対象を長距離望遠で補足!メインモニターに出します!」
映し出されたのは、研究所の屋上で麻衣が捉えた、砲撃型とアンノウンの姿だった。
「あれが……」
「オモイカネに登録ありません!新型です!」
「恐らく、今回の通信障害はあのアビスの影響だろう。以降、アンノウンを妨害型と仮呼称する!」
司令の声が響く中、アビスが迎撃システムの射程に入る。
「アビス、射程圏内に入りました!迎撃システム、照準完了!いつでもいけます!」
「全弾発射!出し惜しみはするな、なんとしても墜とすぞ!」
噴煙を揚げて無数のミサイルが飛び立ち、アビスを目指す。それを感知したのか、アビスにも動きがあった。前方の機構が開き、隙間から紅いコアが見える。瞬間、放射状に放たれた光線がミサイルを迎撃した。次々と飛来するミサイルだったが、着弾する事も出来ず悉く撃ち落されていく。
「ひるむな、撃ち続けろ!……“タケミカヅチ”のチャージは?」
「70%を超えた所です」
ミサイルを迎撃し止まることなく進むアビスを睨みつけながら、司令が虎の子の状況を確認する。
「アレを使うのか」
「はい。試射なんてものは出来ていませんが、もはや頼れるものがコレしかありません」
「……私も出来る限り手伝う」
「感謝します」
対アビス晶気収束砲“タケミカヅチ”、晶気を収束して放つことで従来の兵器群よりもアビスへの効果があると期待される兵器だ。周囲の晶気を収束しているため、発射までに時間がかかる事が課題として挙げられているが、発射できれば有用な攻撃手段として期待されているものだ。
「タケミカヅチ、チャージ90%!」
「アビスに砲撃兆候あり!」
「くそ、今撃たれたらおしまいだ!……仕方ない、チャージ中止!タケミカヅチ照準……目標、砲撃型アビス!」
「チャージ中止します!砲台、目標を追尾中…………照準、完了しました!」
「タケミカヅチ、発射!!」
互いの砲撃は、タケミカヅチが僅かに早かった。チャージが完了していなかったとはいえ、その威力は十分で遅れて発射されたアビスの砲撃を飲み込んで遡っていく。そして、ついに本体へ届こうかといったその時、そこに割り込む影があった。妨害型のアビスだった。
砲撃型を守るようにタケミカヅチの砲撃を受けた妨害型は、さほど固くなかった装甲を貫かれ、その身を粉々に砕けさせた。代わりに、砲撃型は無傷のままその姿を見せつけていた。
「……ッ!タケミカヅチ、リチャージ急げ!」
「は、はい!」
ギリッと司令の噛み締めた奥歯が悲鳴をあげる。タケミカヅチのチャージが再開されるが、先ほどの砲撃で周囲の晶気を使ってしまった為、その数字は遅々として上がらなかった。絶望感が指令所を覆う中、モニターに出現した光点がそれを打ち破った。
「え、うそ……?」
「今度はなんだ!」
「あ、CADの反応あり!装者が2人、出撃していきます」
「出撃出来る装者はもういないはず……どこの部隊の者だ!」
「それが、識別コードがありません!データベースに登録されていないCADです!」
「なんだと?!」
驚愕の声を上げる司令の横で、二三四博士が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
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