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 「……おかしい」


 それに気づいたのは二三四博士だった。オモイカネとリンクされた研究室のモニターには、現在のアビスや装者の動向が映し出されている。違和感の原因は、主戦場から離れて行動するアビスだった。基本的にアビスは群れというか集団で行動していて、今回みたいに主戦場から離れて別の場所を目指すといった行動パターンは二三四が聞いた中ではなかったからだ。


「何がおかしいですか?」


「いや、ちょっとアビスの動きが気になってね。なに、基本型だけみたいだし、2次防衛ラインの装者も待機しているから問題ないだろう」


 そう思っていた。たかが基本型アビス5体。配置されている装者がすぐに倒すだろうと、誰もが考える。しかし、それは装者を示す光点が1つ消えた事で覆された。


「装者がやられた?」


 ここ数年でなかった事態に、今回の侵攻がアビスの数だけでなく、もっと根本的な何かが違うかもしれないことに気付く。


「本部!装者がやられた、何が起きている!」


『二三四博士?!こちらでも状況を確認していますが、2次防衛ラインの装者と連絡が取れません!』


「なんだと!?」


 晶気が大気に満ちる現代、旧式の通信はもはや機能おらず、主流となっているのはその晶気を利用した通信方法だ。大気に晶気が満ちる限り、理論上の通信限界距離を持たないその技術が今、機能していなかった。


「長距離望遠では何か捉えられないのか?」


『やっていますが、距離が遠すぎて捉えられません!』


「クソッ……距離が遠すぎるか」


「あの、博士?……何が起こっているんですか?」


 私の尋常ならざる様子に優人が声を掛けてくる。その後ろには、不安そうな表情を浮かべた麻衣の姿があった。


「ん?待てよ…………」


 距離が遠いだけ(・・・・・・・)なら解決出来る手段があるじゃないか!


「優人くん、麻衣くん、よく聞いてくれ。新東京市にアビスが迫っているのはモニターを見てもらえば分かるが、それに対応している装者と連絡が取れなくなった」


「それって……」


「いや、まだはっきりとしたことは分かっていない。ただ、距離が遠すぎるために本部からの長距離望遠では現場を捉えられていないんだ」


「それをどうして俺たちに……あ!」


 何かに思い至った様子で声を上げる優人。敏い子だ。


「そう。距離が遠いだけなら、それを解決できる手段を我々は持っている」


 そう言って麻衣へ視線をやる。話の流れから予想出来ていたのだろう。麻衣に驚きの表情はなかった。


「私のCADに搭載された|超長距離照準補助システム《UAAS》……」


「そう、そのシステムならば理論上、本部に設置されている長距離望遠よりも遠くを照準することが可能だ……やってくれるか?」


「…………現場を見るだけでいいんですよね?」


 少しの沈黙の後に、そう答える。そこには、恐怖を必死に抑え込みながらも、自分に出来ることをしようとする強い少女の姿があった。


「ああ!もちろんだとも!ありがとう、麻衣くんの勇気に感謝する」


 そこからの行動は早かった。遠くを見通すために屋上へ出る。研究施設という面が強いため、通常の防衛部隊施設にある管制塔がないことから、屋上に出ればさほど視界を障害されることなく彼方を見渡すことが出来た。


「麻衣、無理していないか?」


「兄さん……少し、無理をしています。でも、私に出来ることがあるなら無理をしてもやります。もう、何も出来なかったあの頃じゃないですから」


「そうか……だったら俺は、麻衣の背中を押すよ」


 兄と言葉を交わし、麻衣がCADを展開する。狙撃銃を構えると、システムが自動で照準の補助を開始する。あとは、麻衣が距離を調整していくだけだ。


「どうだ?何か見えたか?」


 何も言わない麻衣に、逸った気持ちが押さえきれず声を上げてしまう。


「…………博士」


「なんだい?」


「アレは……何ですか(・・・・)?」


 そう呟いた麻衣が口にしたのは、正八面体の基本型アビス3体、通常よりも大きなコアを持ち砲身である円柱と本体である双三角錐を組み合わせた形の砲撃型アビス1体、そして、2次防衛ラインの装者が見たアンノウンの姿だった。






 博士と兄さんから視線を受けた時、思い出したのは10年前の事だった。恐怖に震え、兄さんに抱き着くことしか出来ず、両親と兄さんに護られるだけだった幼い私。年を重ね、その時の恐怖に折り合いをつけられるようになってくると感じたのは、悔しさだった。もしもでしかないけど、あの時の私にせめて逃げ出せるだけの力があったら、そうしたら両親も死ぬことはなかったのではないか。そんなことはないとは分かっているけど、そういった想像をしてしまう日々だ。


 そんな私にCADの才能があると分かった時、本当に嬉しかった。私にも力があると知って、私はもう無力ではないと感じられた。でも、それは幻想でしかなかった。モニターに映し出されたアビスの姿に、過去の恐怖が呼び起される。兄さんに抱き着くのだけは我慢できたが、思わず袖を強く握ってしまった。それを兄さんは優しく迎え入れてくれた。自分も恐怖を感じているのを、必死に抑え込みながらだ。


 そんな兄さんの姿に勇気をもらった私は、まだ怖いけど震えを抑えることが出来た。だから博士と兄さんの視線を受けた時、やろうという気持ちになれた。恐怖はあるけど、兄さんが近くにいるならそれも我慢できる。そう思って展開したCADで見た光景は、私の想像の外にあった。


「……麻衣くん、装者の姿は見えるかい?」


 博士の言葉に周囲を探すが、CADが放つ翡翠色の輝きは見当たらない。


「いいえ、どこにも見えません……」


「なんてことだ……」


 そう呟くと、博士はすぐに本部と連絡を取り始めた。


「兄さん……」


「麻衣、よく頑張ったよ。あとは博士たちが何とかして……」


「どういうことだ?!」


 今日何度目かになる博士の大声が、屋上に響き渡る。漏れ聞こえる話をまとめると、今出撃できる装者は全て出撃していて、残っているのは出撃制限に掛かっている者だけだそうだ。その装者を出撃させても、戦闘後に生きて帰還できる可能性が高くないとして、出撃を認められないとの判断がされたようだ。


「本部としては、このまま天岩戸で受け止め、基地迎撃武装での殲滅を図るそうだ……」


 納得がいっていないという表情で、そう絞り出す博士。新型のアビスが出現している中で、前線とは連絡が取れず、出撃可能な装者もいないという仕方ない状況とはいえ、悠長ともいえる本部の対応が不服らしい。


「こんな事を二人に言っても仕方ないないな……麻衣くん、ありがとう。あとは本部連中に任せて、研究室に戻ろう。あそこの方がここより幾分か安全だろう」


「待ってください!」


そう言って室内へ戻ろうとした博士を呼び止めたのは、鋭い麻衣の声だった。


「アビスに変化がありました!砲撃型の本体部分が開いていきます」


 麻衣の目には、砲撃型アビスの本体である三角錐に当たる部分が開いていくのを捉えていた。同時に、それぞれの頂点に基本型アビスが移動していく。


「なんだその動きは?聞いたことがないぞ!?」


 アビス達はそのまま動き続け、基本型アビスから紅い光線が砲撃型のコアに照射される。それはまるで、エネルギーを充填しているかのような様子だった。光線を受けて砲撃型のコアが輝きを増していく。砲身部分が展開され伸びていき、紅い光が収束を始める。


「収束……やばい!二人とも、伏せろッ!!」


 伏せる直前、麻衣が見たのはエネルギー全てを照射した基本型アビスが崩壊する姿と、一際輝きを増した砲撃型の砲身だった。


 直後、巨大な紅い光線が天岩戸を直撃した。


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