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急いで研究室に戻り博士が端末を操作すると、今起きている事態がモニターに表示された。
「これは……なんてことだ!」
画面の上半分を覆う赤い光点、アビスの大侵攻が始まっていた。突然現れた現実に茫然としていると、紅嶺崎さんの端末がけたたましい音を立てる。
「緊急招集だ。二三四、済まないが二人を頼む」
「任せろ。君の事だ、すぐに蹴散らして戻ってきてくれるんだろう?」
「そのつもりだ」
険しい表情で言葉を交わす二人。不安に押しつぶされそうなのか、麻衣が俺の袖を握りしめてくる。
「二人とも、こんな事態だ。ここで待っていてくれ。なに、そこらの建物よりここは堅牢だよ」
「そうだね、小規模ではあるが晶力シールドを展開可能だし、なにより“紅の戦姫”様が出撃するんだ。すぐに事は収まるよ」
俺たちを安心させようと明るく声を掛けてくれる二人。紅嶺崎さんの凄い二つ名が出てきていたが、それにツッコむ余裕はなく頷くだけだ。
「それじゃあ、行ってくる」
そう言って外へ飛び出した紅嶺崎さんは、髪と同じ色にカラーリングされたCADを展開すると戦場へと向かって飛んで行った。
「紅嶺崎さん、大丈夫でしょうか……?」
「なに、刀子は近接適性Sに加えて、私が調整したCADを使うんだ。やられる方が想像もつかないよ」
そう言う博士の言葉からは、紅嶺崎さんの実力と自分が調整したCADへの強い信頼感を感じた。
「そう、ですよね」
「そうとも……さ、お茶でも飲んで気持ちを落ち着けよう」
博士に促されて席へと着く俺たち。麻衣は相変わらず俺の袖を握っている。強く握りすぎて、その指が白くなってしまっているほどだ。少しでも気が紛れればと手を重ねる。
「兄さん、すみません……もう少しだけ」
「いいよ。落ち着くまでそうしてて良いよ」
10年の時間が過ぎているとはいえ、あそこまで多くのアビスが侵攻してきているという現実を知ってしまうと、どうしても両親が死んだあの時を思い出してしまう。俺もあの時の光景がフラッシュバックして震えそうになるが、不安そうにしている麻衣の手前、情けない姿を見せないように気力で震えを抑え込む。
「さあ、ハーブティーだ。気分が落ち着くよ」
「ありがとうございます」
気を使ってくれたのか、お茶を入れるのには長い時間をかけて戻ってきた博士が、目の前にハーブティーを置いてくれる。この頃には麻衣も幾分か落ち着いたのか、俺の袖を離していた。それでも、強く握っていたため皺が残っている。
「最近小規模の侵攻が多いとは聞いていたが、ここまでの規模で侵攻があるとは」
「そうですね……ここ最近は落ち着いていたみたいですから、何かあったんでしょうか?」
「ふむ……」
一瞬、俺たちを見た後に少し考え込んだ博士だが、思い至る事が無かったのかすぐに首を振る。
「アビスが何を考えているか、それは過去の研究者も解き明かそうとしたが分からなかったことだ。さすがの私でも、こればかりは専門外だな」
そう言ってハーブティーを口に含む。そのまま無言の時間がしばらく続いていると、カタカタとカップが音を立て始めた。
「地震……?」
「いや、準備が出来たのだろう」
「準備、ですか?」
「ああ、見たまえ」
そう言って端末を操作すると、モニターに表示されていた光景が天岩戸の全貌に変わる。映し出されたのは、巨大な投影機の様なものが出現し、そこから広大な晶力シールドが新東京市全域に展開されているところだった。
「これが、天岩戸……」
「そう、私が開発し旧外環に配備されている新東京市防衛の要だ。展開に多くの晶力と晶気を必要とするため、滅多に展開されることがない代物だ」
円状の新東京市を囲むように展開されていったシールドは、そのまま広がっていくとクローシュの様に新東京市を覆った。
「これで、装者が揃うまでの時間は余裕で稼げるだろう」
その光景を見ながらも、なぜか収まらない嫌な感覚を、俺は無理やり押さえつけるのだった。
「こちら、紅嶺崎刀子。本部、応答願います」
『紅嶺崎大佐!良かった!大佐が来てくれたのなら押し返せます!』
私からの通信に歓喜の声を上げるオペレーター。状況は中々悪いらしい。
「私用で研究基地にいたのでな、状況を報告しろ」
『はい!現在、スクランブル部隊に続いて連絡の取れた装者から順次出撃してもらっています。アビスは依然、増加を続けており、既にスクランブル部隊が敷いた1次防衛ラインを30体以上が突破しています。最終防衛ラインとして、天岩戸の展開は完了しました。司令官から、現場指揮官を委任するとの通達があります』
「よし、ならば後続は2次防衛ラインを形成しながら、1次防衛ラインの装者と順次配置転換!消耗した装者を下げさせろ。私が前線を支える!」
報告内容から必要な指示を出しながらも、全速力で戦場に向かう。
「戦闘中の装者諸君へ、これより現場指揮は紅嶺崎が預かる。現在、1次防衛ラインに急行中だ。後続の装者も次々出撃している。もう少しだけ踏ん張ってくれ!」
通信越しに、装者達の士気が上がったのを感じる。こういう時、私の二つ名は良い働きをしてくれる。かつての関東決戦で、壊滅寸前だった戦線をたった一人で維持し、前線を押し上げながらも生き残った大英雄。その長く紅い髪を振り乱しながら、次々とアビスを斬り捨てる姿から“紅の戦姫”と呼ばれた彼女は、現代の装者達の憧憬の念を一身に集める存在だった。
「うんうん、良い食いつきだ」
装者たちが命を懸けて戦っている中、その光景を別の次元から覗き見ている存在が居た。神出鬼没の少年、ダアトだ。新東京市から次々とアビスを殲滅するために出撃する装者達を眺め、いつもと変わらぬ微笑を浮かべている。その目にはまるで、ゲーム内のNPCが自分の思い通りに動いたことに対する満足感のようなものが宿っていた。
「舞台は整いつつある。10年前は失敗してしまったからな、次は上手くやらなければ」
10年前の関東決戦、人類の力を見誤り危うく絶滅させてしまうところだった。まあ、そのお陰であの原石達が誕生したのだから、充分利益はあった。
「さて、そろそろ本命を出すかな」
アビスの侵攻は、未だ始まったばかり……
「ッ!オモイカネに新たな反応あり!これは……特殊型です!高軌道型に重装甲型、砲撃型まで?!」
「なんだって?!すぐ前線に情報伝達!」
「了解!」
オペレーターが大急ぎで装者達と連絡を取る。今まで現れていたのは、基本型と言われるアビスだけだった。特筆した特徴はないものの最も数が多く、人類を一番殺したアビスである。しかし一般人を最も殺したのは基本型だが、装者を最も殺したのはこいつ等特殊型だ。
『やつら……今回の侵攻はよほど本気らしい。総員、特殊型には必ず小隊単位で対応するように!基本型と同じだと思ったら痛い目に遭うぞ!』
『了解!』
紅嶺崎大佐の通信に、戦闘を行っている装者達から返答がある。特殊型は、基本型と違いそれぞれが役割のようなものを持っている。高軌道型は高速飛行による撹乱、重装甲型は前衛に出て防衛、砲撃型は遠距離からの砲撃と、役割が噛み合うと厄介極まりないやつらだ。そのため、小隊規模での対応が犠牲者を出さない為には必要になってくる。
そうして慌ただしくしている中、モニターを見ていた一人の隊員が、奇妙な動きをする光点に気付く。数体の基本型アビスが戦線を離れ、大きく迂回するように動いていた。すぐさま、現場指揮官である紅嶺崎に報告する。
『むぅ……今はそちらに対応している余裕がない。2次防衛ラインの装者に伝達し、対応させろ!』
「了解!」
その時は、それが最善だった。基本型のアビスなら、2次防衛ラインに配置されている装者でも十分対応可能だったからだ。前線に特殊型が数多く現れ、精鋭の殆どを前線に配置しなければならない状況下で、わざわざ迂回して新東京市へ向かう基本型アビスの対応をすることは不可能だった。
しかし、それがアビスの、ひいてはダアトの策略だった。この場にいた人々は、思い出すべきだったのだ。基本型しか存在しなかったアビスから、どうやって特殊型が誕生したのかを。突然の侵攻に対処しきれていない人類に、そのことを気に掛けられる人は、まだいない。
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