7夜 成橋が噂すぎる
「兄さ〜ん、急がないと遅刻しちゃうよ〜?」
「遅刻って、まだ7時30分だぞ?8時に出れば間に合うっていうのに、、」
成橋家の朝は早い、というより佳那のせいで早くなっているという方が正しい。
俺の家から、佳那の中学も俺の高校も8時に出れば全然間に合う、ただ佳那はいつも30分に出るように行動している。
「ほらっ!私出ちゃいますよ?いいんですか?」
「わかった、先に行っててくれ、あとで追いつくから、、多分」
佳那は一度玄関から出て扉を閉めたが、俺がこないことを確認すると、
すぐさま戻ってきて「なんでですか!」と叫び、玄関で俺を待っている。
そんな佳那の苦労も知らずに、俺はゆっくりと支度を整え玄関に向かう。
「兄さん遅い!」
「悪い悪い、ほら行こうぜ」
俺は佳那の頭に軽く手を当て、扉を開けた。
佳那は顔を赤くし、頭を両手で抑えながら、俺の元に走ってきた。
「兄さんはいつも私のことを子供扱いする」
「実際子供だしな、家ではいつも甘えてくるし、可愛い妹だよほんとに」
「何か、複雑です、、まぁ、でも可愛いと言ってるのでよしとしておきます!」
佳那は続けて言葉を紡いだ
「そういえば、高宮さんって」
その単語を聞いた時、今まで忘れていたことが一気に呼び戻されてきた。
そして、俺の頭に最後に浮かんだのは.....
あいつとどう接すればいいんだ?
「あの?兄さん聞いてますか?」
「へ?あ、どうした?」
「だから〜、高宮さんって兄さんの事が好きなんですか?」
佳那は何を言っているのか。
何をどう思い違えばそうなるのか分からないが、とりあえず言っておこう。
「ありえない」
「......ならいいですけど」
佳那はそう言葉を残して、俺の前を歩き出した。
その背中にはいつもの明るい佳那の面影はなく、ただただ暗く見えた。
「じゃあね、兄さん!今日はしっかり一人で帰ってきてね!」
さっきの俺の心配が杞憂だと思わせるほどの明るい表情で、俺の方に振り返った。
そして、佳那は目の前にある中学校の校門に向かって歩き始めた。
「佳那ちゃんおはよ〜」
「おはようございます、今日も良い天気ですね」
家の佳那と今の佳那が全くもって結びつかないことを確認し、自分の学校に向かって歩き始めた。
少しづつ学校に近づくにつれて、高宮のことをどうしても考えてしまう。
普通に話しかけるべきなのか、それとも今まで通り無視するべきか。
そんなことを考えている間に学校に到着し、まだ人が少ない自分の教室に入り、席に座った。
「こんな早く来てもやることがないんだよな、、、」
宿題は家で終わらせてるし、スマホゲームも特にやってないし、話し相手なんているはずもないし、いるのは朝早くから本を読んでる人だけ。
「わざわざ朝早く教室に来て本を読むなら家で読めばいいのに、」
そんな、素朴な疑問をクラスメイトに勝手にぶつけ、
結局、この暇な時間を家に入れたらなと後悔しながらいつも通りの睡眠をとった。
「お前聞いたか?あの話?」
「聞いたよ、まさかだよな!それに相手がさ〜」
「俺もう、魔法使いだわ、、」
「もう最悪!なんであんなやつと、」
「どうせ誘惑したんでしょ、ほんとせこいよね」
俺は寝る前にはなかった音によって、目を覚ます。
うっすらと周りの声が聞こえてくる、何を言ってるのかは分からないが。
どうせ俊が馬鹿なこと言ってるんだろうと思い、今日もまた長い一日が始まる、そんな憂鬱な気持ちのまま顔を上げる。
俺はその時にいつもの日常がここには無いことに気づいた。
「風太!!!おめでとーーー」
「ん?何がおめでとうなんだよ、全く意味わからん」
俊が意味わからないのは今日に始まったことではないが、今回が一番意味わからない。
なんで、クラスの全員が俺の事を見てるんだ?
なんで俺を見ながら泣いてるの?
なんで俺の事睨んでるの?
なんで俺を見ながらニヤニヤしてるの?
なんで俺を見ながら遺書書いてるの?
いや、まて最後のやつ怖すぎるから!
俺をじっと見つめて遺書書いてるんだけど、俺のせい?俺のせいなの?
俺は再度、俊に問いかけた。
「おい、本当にどういう事だ?なんで俺がこんなに見られてるんだよ」
「そりゃ見られるだろ、あのイケメンの無駄使いと言われた風太に恋人が出来たんだから」
恋人?誰に?俺に?どうして?
女子とまともに話せない俺が女子と付き合うとか有り得ないだろ。
というか、こいつ俺の体質の事知ってるよな?
「俺に恋人なんているわけないだろ?それはお前が一番よく知ってるだろ?なんでこんな事になってるんだ?」
「いやーさ、俺も嘘だろって思ったよ。でもさ目の前で楽しそうに話してる姿見せられたらね〜!それでそのまま家にも入っちゃうし」
俺が女子を家に入れる?
そんな訳な.......
「お前、見てたのか」
「ああ、バッチリと」
「俺と高宮が?」
「楽しく話して、そのまま家に」
「それで、俺と高宮が付き合ってると噂に?」
「そういうことだな」
「て事はさ」
「ん?」
「お前のせいか」
「てへっ!」
誰か、目の前にいるペコちゃんもどきをぶん殴ってくれ。
こいつはいいやつだ、なのにいつも俺の困る事をやってくる。
高宮に俺の家に行くよう仕向けたり、今回の噂もこいつが発信源だし、、、
待てよ、付き合ってる噂が広まったのは俊のせいで、そもそも俺と高宮が話すきっかけを作ったのも俊。
てことはさ、全部こいつが仕組んだ事なのか!?
「お前は俺にどうして欲しいんだよ」
「えー、そんなの決まってるじゃん、風太は風太でいて欲しいんだよ」
「なんだそれ」
俺と俊はお互い呆れたように笑いが溢れる。
こいつは本当に俺の親友だな、、、
「なんて青春ストーリーで許すと思うか?」
「あれ?ダメだった?」
まんまと、こいつの青春オーラに飲み込まれるところだった。
いつもならこれで許してるが、今回は違う。
俺がこいつを許すのは、この噂が嘘だと周りに言ってからだ、それ以外はありえない。
実際、付き合っているところ以外は本当だが、そこを認めると確実に面倒になる、だから今回は何が何でも全て嘘だと言い張るしかない。
「早く噂は嘘だと言ってこい、全部俺の嘘でしたって言ってこい」
「無駄だと思うけどな〜?俺以外にも見たって人いるし」
終わった、俺は死んだ。
燃え尽きちまったよ、何もかも。
なんで終わったかって?そんなのこれからの流れを見ればわかるさ。
まもなく、一人の女子が近づいてくる
「あ、あの?付き合ってるって本当ですか?」
俺は素直に答える。
「付き合ってはいない」
高宮と一緒にいるところを見られている以上、これ以外の回答を今の俺には出せない。
もはや王手だ。
「じゃ、あの、高宮さんと一緒にいたっていうのは本当ですか?」
「それは、その、ほんとだ」
俺がそう言うと、クラスの、主に女子が騒ぎ出す。
そして、目の前の女子が最後の一手をうつ。
「成橋君は、高宮さんの事を好きなんですか?」
チェックメイトだ。
俺の学校生活は今日を界に変わる、最悪な方向に。
「好きじゃない、と言うかあいつといたのもプリントを渡しに来てくれたからだし」
クラスの女子のボルテージは一気に上がり、友達同士で何かを話し始めた。
そう、これで試合終了。俺はもう今までの俺ではいられなくなった。
俺は、今だに姿を表さない絶望に絶望しているとそれはすぐにやってくる。
目の前にいた女子が俺に、言葉に詰まりながら話しかけてくる。
「あの、その、なんと言うか、今週の土曜って空いてますか?」
「土曜はちょっと、」
「なら日曜でも!」
「日曜も用事が、、、」
そんなやり取りをしていると、後ろからまた一人、そしてまた一人と女子が近寄ってくる。
しまいには俺の机を囲んで、俺を聖徳太子だと勘違いしる女子たちが一斉に話しかけてくる。
「抜け駆けはずるいよ!私いつでも大丈夫だから成橋くんの暇な日に映画でも行かない?」
「私、成橋くんの暇な日は絶対暇だから、遊園地にでも行きませんか?」
「遊園地ずるい!私も行きたいです!」
「風太くん、私は風太くんの行きたいところでいいから、暇な日遊びに行こ!」
「あっ!風太くん呼びはずるい!風太くん今度私の家に遊び来てよ!」
誰か助けてくれ、俺の周りで女子という生物の声が縦横無尽に飛び回っている。
しっかり聞こえたのは、「風太モッテモテ!」という声のみ、俊はあとで.....。
しかし、そんな俊の声が聞こえたのも束の間、すぐに女子の声に飲まれ、俺の頭にはもはや言葉は入ってこなかった。
「お前ら何やってんだ?早く席につけ!1時限目始めるぞ」
その声のおかげで、女子は自分の席に戻りだした、
しかし、帰る女子の目は今だに獲物を狙うハイエナの如く光っていた。
これが俺の絶望、、
今まで俺は女子に近寄らなかった、イケメンなのに誰とも付き合わない、女子と関わる事すらしない、その要素のおかげでいい意味で俺は女子と壁を作っていた。
だけど、高宮と俺が二人でいた事を知る事で、女子が俺との壁を壊してしまった。
俺が女子と話す、この事実だけでも壁を壊すのには充分だった。
悪い意味で、俺は女子にとって近寄りやすい人になってしまった。
それから、授業が終わるたびに女子がやってきて、質問ざんまい。
「もう勘弁してくれ、早く昼になってくれ」
俺は普段昼ごはんを一人で食べているため、俺の落ち着いた平穏な時間はそこしかない、俺が死ぬ前に、早く!
そして鳴った、昼休みのチャイムが。
俺は幸せを告げるチャイムだと信じてた、だけど違った。
「成橋くん!昼一緒に食べよ!」
悪魔のチャイムが、悪魔の時間を、そして悪魔の言葉を呼び出している。
それに反抗する手段を俺は持っていない。
俺が、観念して返事をしようとした時、クラスの扉があく。
そこには、所々跳ねてる金色の髪の毛をなびかせ、いつもようにワイシャツを第二ボタンまであけ、
眠そうな顔をしている高宮の姿があった。
高宮はそのまま何も言わず、自分の席に座り顔を伏せ寝始めた。
そんな高宮の登場で、女子は友達同士で静かに話し始める。
それは俺の目の前にいる女子も例外でもなく、俺への誘いをやめヒソヒソと話し始める。
「高宮はいるな〜、よし全員いる、、昼休み終わったら席替えをするつもりだから昼のうちにこのくじを引いといてくれよ〜」
そういって担任は教卓の上に手が入れられる箱を置き、去って行った。
中には番号が書かれた紙が入っており、その番号で席が決まるという仕組みだ。
俺は、この教室から出たいという一心で席から立ち上がり、教卓まで行き紙を取り出し、そのまま男子トイレに逃げ込んだ。
「疲れた、これからの学校生活が心配になってきた」
俺は男子トイレで一人呟き、外にクラスの女子がいない事を確認し売店でお昼を買い、教室に戻りながらご飯を食べた。
「弁当食べてなかったら佳那は怒るだろうな、めんどくさいことばっかだなほんと」
俺は、重い足取りでゆっくりと教室に戻ると、座席とそれに対応している番号が黒板に書かれていた。
それを元に、みんな移動を開始している。
「頼む、一番後ろで女子に囲まれない場所であってくれ!」
俺は、自分の番号と黒板に書かれた座席を確認し、新たな席に座った。
「窓際の一番後ろ、とりあえずはよかった、」
後ろには誰もいない、いるのは右横と前のみ、
席は完璧、あとは横が誰になるかだな。
そんな事を考えていると、俺の右横に一人の女子が座る。
おいおい、冗談だろ
隣の女子は俺の方を向き、俺にだけ聞こえる声で.....
「これからよろしくね、チキンの成橋くん」
そして高宮は優しく微笑んだ。