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6夜 成橋家の食卓


 夕日がゆっくりと落ちていく、まるで今日という日を惜しむようにゆっくりと。

 ついさっき見送った高宮の背中も、ゆっくりと小さくなっていく。

 俺は小さくなる背中が見えなくなった時に、初めて今日という日が終わったと思った。

 本物の俺が過ごした短いけど長い一日が。


「帰るか、」


 一言そうつぶやき、ゆっくりと家に向かって足を進めた。



    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ただいま」


「兄さんお帰り〜、ご飯できてるよ〜」


 リビングから妹の声が香ばしい匂いと共に俺の元に届く。

 俺は香ばしい匂いの誘惑に耐えながら、手洗いうがいを済ませ、リビングに向かった。


「いつも、悪いな」


「もう、それいつも言う、兄さんのために私がやりたいからやってるんだよ、それよりも」


 佳那はリビングの扉を開け、玄関に目をやり、人がいないことが確認できると


「兄さん!兄さん!もう誰もいない?」


「高宮なら帰ったから、もう誰もいないけど、今日は疲れたからゆっくりしたいんだよな〜」


 俺は、今から起こることをなんとか回避しようと遠回しに疲れてるアピールをするが、そんな事はお構い無しにあれがやってきた。


「兄さーーん!はぁ〜、兄さんの香りだー!生き返る〜」


 佳那はさっきまでの穏やかな表情から一変して、目を輝かせ走って俺に抱きついた。

 綺麗に整えていた長い黒髪をこれでもかと言うぐらい揺らし、俺の体に顔をうずめた。


「やっぱりか、、二人きりとわかるといつもこれだもんな、、」


 俺の妹である佳那は、俺以外に誰かがいる時は品行方正、清廉可憐といった言葉が似合うような完璧な妹なんだが、二人きりの時は俺に抱きついたり、異常に甘えてきたりと品行方正や清廉可憐が全く似合わない妹になる。


 俺は、この状態の佳那を甘佳那さんとよんでいる、ひたすらに甘えてくるから甘佳那さん。

 両親が家にいる時は、この甘佳那さんが封印されてて俺も気づくことがなかったが、両親が海外出張に行ってからというもの、ほぼ毎日俺の家には甘佳那さんが降臨してる


「えへへ〜、兄妹なんですから、スキンシップじゃないですか〜」


「兄の体に顔をなすり付けて。匂いを嗅ぐようなスキンシップ俺は知らないだけどな、」


「妹神様はいいました、妹の特権は兄に甘え、匂いをかげることだと!」


 妹神様は甘佳那さんの口癖で、いつも俺に指摘されると妹神様が言ってることにしてくる、そんな便利屋みたいな神様だ。


「妹神様はいいました、妹の義務は兄が疲れてる時に休ませてあげることだと、、な?だから、今日は休ませてくれないか?」


「ぐぬぬ、妹神様がそんなことを、、、それならしょうがないですね、それじゃ!一緒にご飯食べましょう!」


 そう言って、甘佳那さんは食事の並べてあるテーブルに俺の手を引っ張って移動した。


 俺が座り、向かい合う席に佳那が座り、笑顔で俺の方を見ている。

 この笑顔は、嬉しいとか楽しいとかそういう感情の笑顔ではなく、食べて上手いという感想よろしくという意思表示の笑顔で、これに逆らうと、、、思い出したくもない。


「佳那の料理はやっぱり美味しいな! こんな美味しいものを食べれる俺は本当に幸せ者だな〜」


「ふふん♪ 兄さんの好みはバッチリわかっていますから!もっと言ってくれもいいのですよ?」


「すごいうまい!うますぎて食べるのが止められない!」


「えへへ〜、私は兄さん専属のシェフですから美味すぎるのは当たり前です!でも、食べ方を変えるもっと美味しくなりますよ?」


 甘佳那さんは手元にあるスプーンで俺のシチューをすくい、テーブル越しにスプーンを俺の口元に近づけた。


「兄さ〜ん、口あけて〜」


 甘佳那さんは私みたいにと言わんばかりに、口を小さく開けてスプーンをさらに近づける。

 俺の口にシチューの暖かさが伝わるほどに距離が縮まり、俺は高校生にもなって妹に食べさせてもらうという、恥ずかしさを押し殺し、口を開ける。


「どうですか兄さん?美味しくなりましたか?」


「いや、うん、まぁ、美味しくなった、、気がする」


 俺の言葉に満足したのか、甘佳那さんは「ですよね!ですよね!」と言いながらテーブルに少し乗り出していた体を元に戻し、スプーンを一度口でくわえてから自分のシチューにスプーンを入れ、食べだした。


 そして一口二口食べると、スプーンを置き、落ち着いた声で話しかけてくる。


「そういえば、今日は驚きましたよ?兄さんが女子を連れてくるなんて、、小学生以来ですね」


「そうだっけか?まぁ、俺もまさか女子を家に入れるとは思ってなかった」


「兄さんの部屋を掃除しておいて良かったです、私が!私が!」


 別に自分の部屋が汚いと思ったことはないし、むしろ綺麗にしている方だと思っている。

 ただ、女子目線で綺麗かといわれるとわからないから、そういう意味では佳那に掃除してもらえたのは助かるけど。


「はいはい、ありがとな佳那」


「えへへ〜........で、何してたんですか?」


 佳那は笑顔だった、ただその笑顔には甘佳那さんの時のような暖かさはなく、ただただ、冷たく笑っていた。


「別に何もしてないよ.....多分」


「兄さん?私を見ながら言ってください?なんで目をそらすのですか?」


 怖いからです、ただただ怖いからです。

 もし、本当の事を言った際にはどうなるのか、多分、多分だけどわかる。

 多分、殺される。


「違うんだよ、佳那が可愛すぎて見れなかったんだよ、高宮とは本当に何もし、してない」


「そうですよね、兄さんは女子に触ることは愚か、話すのもままならないですもんね」


「そうだよ!俺は女子に触れないし、話す事すら短時間しか無理だからさ、だから、そんな怖い顔するなよな?な?」


 怖すぎる、一ミリも顔の表情が変わらないのがこんなに怖いとは思ってもいなかった。

 しかも笑顔で口だけが動いて、表情と声質が全く繋がらなし、何これ誰か声を吹き込んでるの?

 音声さ〜ん?声質間違ってるか直してください、今すぐに!


「兄さんは高宮さんとここにくる時も、家にいる時も、お見送りをした時も、ほとんど話してないし、お互いの肌に触れたなんてことはない。合ってますよね?」


「は、はい」


「兄さんは女子では私としか長く話せないし、触れることもできない、ですよね?」


ん?なんか質問がずれてる気がするけど、俺が救われるにはこの機を逃して他にない!


「当たり前だ!佳那は特別だからな!」


「......ですよね!私の兄さんが他の女子と仲良くなるなんて事ないですよね」


 なんか違和感を少し感じる気がする、気がするけど、今はそんなことより助かった事を喜ぶべきだ!


「とりあえずそういう事だから、この話は終わりにしよう!」


 佳那は、「私だけが特別」と小さい声で呟き、手元のシチューを再度食べだした。

 それからは、特に何も話さずやたらとニヤニヤして、時々「兄さんったら」というよくわからない事を言いながら食べていた。


「そういえば、佳那?今日嫌な事とかあったか?」


 今日、俺がリビングに飲み物を取りいった時に、佳那は悲しそうな顔をしていた。

 あの時は高宮もいたし、詳しい話ができなかったが、ここは兄として相談に乗るべきだと思う。

 俺が佳那にできることなんてこれぐらいしかないから。


「別に何もないですよ?」


「でも、すごい悲しそうな顔してたぞあの時」


 佳那はシチューを口に運ぼうとする手を途中で止め、静かにスプーンがシチューの皿に戻された。

 佳那はとても穏やかに微笑みながら俺の方を向き、


「兄さんは何も心配することはないですよ、何も、、」


 結局、佳那はそれ以上何も言ってくれなかった。

 俺もこれ以上何も聞かなかった。


 俺と佳那は兄妹だ、困った時は助け合う、そんなのはお互いわかってる。

 その上で佳那は俺に何も言わなかった、なら俺もこれ以上聞く必要はない。


「そうか、でも困った事があればすぐ言えよ?」


「わかってるいますよ兄さん!だから、この話もこれで終わり!私は先に風呂に入るので、洗い物お願いします!」


 佳那は残ったシチューを一気に食べ、「ごちそうさまでした」と一言言い終えてから、洗い物を水に浸して風呂場に向かった。


「珍しいこともあるんだな、佳那がごちそうさまを一人でいうなんて、いつも一緒に言わせてくるのに」


 俺は、度々感じる佳那の違和感に疑問を抱きながら、自分の分のシチューを一気に食べ、洗い物に手をつけた。


    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 兄さんは優しすぎる。

 私が困っていれば絶対助けてくれる、あの時みたいに。

 だから、絶対困らない、困っちゃいけない。


 でも、今はそんな事より.....


「兄さんが私を特別って!特別って!」


 今日の兄さんはいつにもになく積極的で、私を特別って!

 やっぱり、勇気を出してあーんをしたおかげで兄さんが私のことを、、

 どうしよう、ニヤケが止まらないよ〜、


「ダメだよ、こんなんで浮かれてちゃ!これからも頑張らないと!兄さんのためにも!」


 私は、訳もなく着ていた勝負下着を脱ぎ、シャワーを浴びた。

 今日不安に思っていたこと、怖かったこと、それらを全て洗い流し、風呂に浸かった。


「はぁ〜、今日はいい日でした〜、、高宮さんが来なければもっと!!」


 私はお湯に浸かりながら、今日の良い思い出に浸っていると、どこからか影が近づき高宮さんという女子の存在を改めて知らしめてくる。

 それを意識した瞬間にお風呂というリラックスできる場所のせいか、思ってることが口から出てきた。


「高宮さんは兄さんのなんなんですか!二人っきりで部屋にこもって!今日はせっかく兄さんの大好きなシチューを作る日だったのに!」


「それに、女子と話せないはずの兄さんと仲よさそうに話してたし、、、いや!あれは私に心配させないために話せるふりを!そうに違いないです!部屋にいってからは触るのは愚か、一言も話してないはず!」


 私は、自分の願望ダダ漏れの言葉を風呂場に響かせ、その言葉で自分を納得させた。

 ただ、それでもどうしても心配な点がある。


 あの人、すごいスタイルよかった、それに顔も整ってて、メイクをしてなさそうのにあんなに綺麗で、髪なんて綺麗な金色で、なぜか所々寝癖みたいに変に跳ねてるところがあったけど、、あんな人に誘惑されたら、いくら女性恐怖症の兄さんでも、、、


「いや!私もあの人に勝ってるところがあるはず!胸は、、私は年下だから比較するものとして適切じゃないですね!年下だから!」


 いや、ほんとに年下だからですよ?

 誰かが言ってました、胸は一年で突然変異によって板からメロンになるって!

 それなら、私もあと1年経てばあの人に勝負できます!

 勝負、、勝負は、まぁ可哀想なのでしませんけど!


「.......とにかく絶対あんな人には負けません!!!」


 私は高宮さんに勝手に宣戦布告をし、熱く燃える闘志を消さないようにと風呂からあがった。



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