3夜 エセビッチが自信家すぎる
俺は今、夕飯で使う食材の買い出しの最中だ。
高宮を保健室まで運んだ時は死ぬかと思ったが、家に帰って薬を飲んだらすぐ治ってくれた。
というか、俺はなんで助けを呼ばずにあいつを運んだんだ?
「なんでだか、、、」
正直、心当たりはある。だが俺はその現実から目を背けた。その答えから逃げるように淡々と妹に頼まれた夕飯の食材を買った。
全ての食材の買い出しが終わり、歩いて家に帰る途中、何やらせかせかと動いている人影が俺の眼に映る。
「すみません、ここら辺にある成橋というお名前のお家を知りませんか?」
「ごめんね〜、わからないわ」
「そうですか、ありがとうございます!」
そこにいたのは、寝癖のついた金髪をなびかせ、汗を垂らし、次の人、、、次の人、、、、に俺の家の場所を訪ねている高宮だった。
「なんで、あいつあんなに必死に俺の家の場所聞いてんだ?」
全くもって心当たりがないため、遠目から動向を確認することにした。
高宮は何十人と声をかけ、その度に知らないと言われていたが、ここにきてついに俺の家を知ってる人に出会った。
「その子の家なら知ってるよ、ここを真っ直ぐ行って、突き当たりを左、そして2番目の十字路を右に行って、そこから、、、それから、、、、、」
高宮は行き道をメモにとり、「ありがとうございました」と一礼してから、
自信満々に歩き始めた。
違う方向に。
そして、1分後また同じ場所に戻ってきた。
高宮は自分のメモ帳を確認し、行く道を間違えたことに気づき、今度は真っ直ぐ歩き始めた。そして突き当たりを右に曲がった。
1分後また同じ場所に戻ってきた。
「あいつは変態でビッチなだけじゃなくて、アホなのか?」
俺はその後も見ていると、合計7回も同じところに帰ってきている。
最初はあんなに自信満々だったのに、戻ってくるたびに顔から自信が失われ、7回目に完全に自信をなくし、近くの椅子に座り込んでしまった。
「あいつ、何がしたいんだ? とりあえず、俺には関係ないし帰ろう」
そう言った口とは裏腹に、俺の体はあいつのもとに行けと訴えてきている。
正直行きたくないのだが、体があいつの元へ行けと言っている以上行くしかないのが本音で、俺は渋々重い足取りで高宮のいるところに向かった。
「うぅ、なんで進んでも進んでも同じ場所に帰るの?」
「お前、何してんの?」
俺はそう言って、うつむいてる高宮の頭に軽くスーパーの袋を当てた。
「誰、、って成橋くん!!??」
「なんでここに?体調は???」
「体調?なんの事だ?」
「鳥崎って言う人が、成橋くんが体調悪くて帰ったって、しかもそれは私のせいで。」
こいつがここにいる理由がなんとなくわかった。
俊が何か余計なことを言って、差し向けてきたらしい、めんどくさい。
「体調は別に大丈夫だ、それより俺はお前の頭の方が心配だ。」
高宮はなんの心当たりもないかのようにきょとんとしている。
「お前、そのメモには何が書いてあるんだ?」
そう言うと高宮は見たい?と言いたげな顔でおもむろにメモを広げ、中を誇らしげに見せてきた。
7回も道を間違えてよくそんな胸を張って誇らしげな顔ができるなと思いながら、俺は道順が書いてあるメモを見た。
「ここに突き当たりを左って書いてあるよな、なのになんでお前はそこを右に曲がったんだ」
すると、高宮は片目をつぶり、口元で人差し指を横に振った。
「ふふ甘いね、そんなのそこに道があったからに決まってるじゃん!」
おい、なんだその目、その顔。そんなのもわからないのみたいな、俺をバカにする顔やめろ!
そして、誰か俺の質問に答えてくれ、さっきからこいつはなんでこんなに自信たっぷりなんだよ。
「まぁ、いいや。それで、なんで俺の家を探してたんだ?事によっては通報するからしっかり答えろよ変態?」
「あっ、目的を忘れてた!って変態!?」
そう言うと、座っていたベンチから立ち上がり、今度は勝ち誇ったかのような顔をして俺の周りを歩き始めた。
「今、私はあなたの大切な物を持っているんですよ?そんな態度でいいんですかねぇ、」
と言っている高宮が、後ろで組んでる手にはプリントが握られていた。
要するにこいつは俺にプリントを届けにきたらしい。
「そのプリントを届けにきたんだろ、早く渡してくれ」
すると高宮から「なっ、ばれ、、」と言う声が聞こえた気がするが、流石にあれで隠していたとは到底思えないから、俺の空耳だろう。
「そ、そう。大切な物はプリントだよ、しかもすごい大事なことが書いてあるプリント」
さっきから高宮がうざいほどにもったいぶるんだが、こいつは何がしたいんだ?
「もったいつけないで早く渡してくれ、お前と違って俺は忙しいんだよ」
「そんなこと言っていいんですかね〜、人にお願いするときはどうすんでしたっけ?」
高宮は俺の目の前で歩くのをやめ、わざとらしく顎に人差し指を当て、あどけて見せた。
「てか、待て。そのプリント間違ってないか?俺それ持ってる気がするぞ、確かめたいから一回貸してくれ」
俺がそう言うと、高宮は何も疑わずプリントを差し出した。
おそらく自分が優位な立場過ぎて、今、何をしているのか理解していないんだろう。
プリントの内容を見てみると、来週の授業参観の連絡だった。
「それじゃ、」
俺がそう言って帰ろうとすると、今更ながら自分の行動の過ちに気づいた高宮が、今度は焦りに焦り、必死に俺の歩く方向を塞ぐ。
「ま、待ってください。私の良心につけ込むなんて卑怯です!」
「いや、俺はただ思ったことを言っただけだし、言いがかりにもほどがるぞ」
しばらく、高宮は「むーーー」と俺にだけ届くような声を出しながら、ずっと俺を睨んでいた。
そして、何か閃いたのか一気に顔が明るくなり、また自信家のあいつが帰ってきた。
「成橋くん、さっき貸してっていったよね、それなら私に返す義務があるよね?それとも成橋くんは自分の言葉に責任が持てない人なんですか〜?」
煽るような言い方をしていいる高宮に、すぐさま答える。
「じゃ、返すわ。」
素直に応じた事に驚き、一瞬戸惑っていたが再び自分が完全優勢になったことを理解し、今まで以上に上から目線で、話し始めた。
「ふふっ、さぁ状況は逆戻りです!早く私に、プリントをくださいお願いしますっていうのです!そうすればすぐ渡してあげなくもないよ?」
俺の答えはもう決まっている。
「それ、もうあげるよ。俺が記入するところないし、書いてある内容は理解できたし。
それにお前がそんなにも俺に渡したくないのには理由があるだろうし、、なっ!」
俺は今までの、あいつの自信満々な顔を壊すかのように、全力で蔑みながら、なっの二文字を放った。
高宮は今の状況を理解し、絶対に勝てないこと察し、そして、、、駄々をこねだした。
「ずるい、ずるーーーい!卑怯者!詐欺師!悪徳商法!」
高校生にもなって、涙ぐみながらずるいと叫ぶ奴がいるとは思わなかったが、もうここにいる理由は特にないため、何も言わずに家に向かって歩き始めた。
「決めた、もう絶対成橋の家に行く!」
なんか、すごい怖い言葉が後ろから聞こえた。
無視して歩いているが、その後ろにはしっかりと高宮が付いてきていた。
「もう決めたから、こうなったら絶対成橋を困らせてやる!」
戦いに勝って勝負に負けるとはまさしくこのこと。
勝ったのは間違いなく俺だ。だけど結果をみるとあいつの勝ちだ。
流石に俺も、やり過ぎたところもあったし、と言うか家は流石にまずいから全力でこいつをあやすことにした。
「高宮、俺が悪かった。プリントは俺が受け取るよ。だから、家に来るのは勘弁してくれ」
「いー、やー、だー、絶対行く!困るならなおさら!」
そう行って、高宮は俺を抜き、突き当りを右に曲がった。
そして、俺は何も言わずひっそりと左に曲がった。
やっとうるさいのがいなくなり、静かなひと時が訪れた。
虫の鳴き声、風の吹く音、草が揺れる音、そして、徐々に近ずく足音。
「はぁ、もう終わりか」
「ため息つきたいのはこっちだよ!なんで言ってくれないの!気づいたら誰もいないし、気づいたらまたあのベンチだし、同じ道を辿って成橋が小さく見えたからよかったけど」
こいつ、またベンチに戻ってたのか、もはや才能の域だなこれ。
俺、樹海に入ることがあれば絶対高宮を連れて行こう。とかしょうもないことを考えていると、高宮から想像もしてなかった言葉が飛び出してくる。
「あの、私が倒れたときに保健室まで運んでくれて、ありがとね」
いきなり、何を言い出すのかと耳を疑ったが、どうやら本気で言ってるらしい。
「その、なんというか。嬉しかったんだ、男の人にこんなに優しくしてもらったの初めてで、そう意味じゃ倒れてよかったかな、なんて思ったりして、、」
高宮は俺の顔色を伺いながら、一つ一つ言葉を発していく。
おそらく、高宮はこういう事に慣れていないんだろう、いつも一人でいるから、どうすれば相手に気持ちが伝わるのかわからない。
だから、自分の思いを素直に伝える、それが正しいのかどうかわからないけど。
「別に、あの状況なら誰でもお前を助けたし、俺が優しい訳じゃない、だから感謝なんてしなくていい」
「当たり前なんかじゃない、自分を犠牲にしてまで、誰かを助ける。それはとても難しくて勇気がいること、私には出来なかった、、、」
おそらく、こいつなりに思うところがあるのかもしれない、それでも俺は感謝されるような人間じゃない。
あの時の俺は、空っぽな俺が作り上げた、ただの虚像だから。
俺は小さな声で呟いた。
「俺のせいで、ごめん」
そう言ってから、高宮に目線を向けると、自分の髪の毛をいじり、申し訳なさそうに口を開いた。
「こんな事聞いていいのかわからないけど、成橋くん、女性恐怖症なの?」
そのワード、女子を遠ざけるような学校生活を送っているせいで、今までに何百回も聞かれた。
しかし、まさか今日あったばかりの人に言われるとは流石に思いもしなかった。
「誰かが、言ってたか?というか俊が言ったのか、あいつは時々話をもる癖があるからなぁ、忘れてくれ。」
そんな薄い回答に納得してくれる訳もなく、
今までの、高宮とは打って変わり真面目でそしてまっすぐな目で俺を見ている。
一滴の汗が俺の頬を伝う。
この場で冗談やふざけは通用しない、本音で伝えなきゃいけない。
なら俺の答えは決まっている。
「そんな訳ないだろ」
俺は嘘が嫌いだ、嘘には気持ちも心もないからだ。
嘘は特に理由もなく現れて、理由もなく消えていく。
嘘の中は空でそこに重みなどない。
だから、嘘は嫌いだ。
そして、俺は嘘で固めた俺が大っ嫌いだ。