3.ドジなメイド
ミリアルが仕事へ行ってから、ずいぶんと時間がたった。
リンは使用人たちに混じり、家の中を掃除して回っていた。
『ねぇ、リン。もう掃除なんていいんじゃない? お茶しましょうよ』
廊下の窓に置かれた黒いウサギのぬいぐるみが、足をバタバタさせながら言った。
「何がお茶しましょうよ、だ。お前は何もしてないくせに」
『あなたが疲れているだろうと思って、言ってあげたのよ!』
ウサギは怒ったように立ち上がる。
しかし、ぬいぐるみなので表情はない。
「そうですか。そりゃどうも。俺は疲れてなんていないので、結構」
『何よ!』
ウサギの名は、アリエル。
この世に未練があり、リンに取り憑いた幽霊であった。
彼女曰く、リンは生前の自分に似ているらしく、取り憑くならリンでないといけないらしい。
かと言って、リンも常にアリエルに体を貸すわけにはいかないので、こうして誰もいないときはウサギのぬいぐるみに乗り移っているのであった。
アリエルは裕福な家庭に育ったためか、使用人の仕事を好むリンの考え方とは根本的に合わなかった。
『退屈だわ……私だったらこんな天気のいい日は、町へお買い物に出かけたのに……』
「ミリアルが一人で外に出るなって言うんだから、仕方ないだろ。それに、天気のいい日こそ掃除をするに限る」
『あー……はいはい……そうね……』
これまで幾度となく言い争ってきたので、掃除なんて。と言い返すのが面倒になるアリエルだった。
そんなとき、家中に女性の悲鳴が響き渡った。
『あら……何か聞こえたわね』
「どうせまた……」
リンは、大きなため息をつく。
『あのドジなメイドね。また何か割ったのかしら』
窓拭きをしていたリンは、脚立から降りる。
「世話の焼けるやつめ」
そして、声のしたほうへ歩いて行く。
『あの子、あんなにドジなのによくメイドなんてやってられるわね。どうして彼もあんなのを置いているのかしら? 私だったら即刻クビにしているわ!』
「……可哀想だから、だそうだ」
以前、リンも同じことをミリアルに尋ねた。
『可哀想?』
「あんなにドジじゃあ、誰も雇ってくれないだろうって。まだ若いのに職を失いかけていたから、ミリアルが拾ってやったらしい」
『はーん。だからって家のあらゆる物を割られちゃ困るでしょう』
普通なら怒り狂うところだが、雇い主はせいぜいため息をつくぐらいで、特に彼女を咎めたりしなかった。
「あいつは元々、別の金持ちの家に仕えていた。あんなんでも、お茶を淹れるのは上手いんだ。それを気に入った年老いた当主が傍に置いていたんだ」
『確かに彼女の淹れるお茶は美味しいわね』
リンの体に乗り移って飲んだときのことを、アリエルは思い出す。
「だが、その当主も死んでしまった。雇い主が死んだならば、あのドジなメイドを置いておく理由もない。見かねたミリアルが引き取った……というわけだ」
『その優しさは何なのかしら』
さぁ。と、リンは首を横に振った。