1.朝食はきちんと食べるべきである
朝。体の節々が痛くて目を覚ます。
「……」
また仕事をしながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
机に散らばっている書類を見てため息をつく。
ここ最近、きちんとベッドの上で寝た記憶がない。
いつか過労で死ぬんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら、ミリアルはシャワーを浴びるために部屋を出た。
ミリアル・スマイル。
二十六歳にして、スマイルカンパニーという大手貿易商の社長である。
若いが故に敵は多いが、あまり細かいことは気にしない性格だ。
陰口を言われている自覚はあるが、全く気にならない。
誰に対しても笑顔で接する彼は、気味が悪いとすら言われていた。
僕だって、怒るときは怒るんだけどな。
ミリアルはそれを聞いて、いつも思うのだった。
そんな彼は、祖父の代から住み続けているとある片田舎の豪邸に一人で住んでいる。
いや、正確に言うと今は一人ではないが。
わずかな使用人たちは、通いでこの家に勤めている。
夜になれば皆、帰っていく。
あまり家にいることがないので、そこまで使用人を必要としてないのであった。
シャワーを浴び、別のスーツに着替えたところでふと違和感を覚えた。
いくら少ないとはいえ、使用人たちが働いている気配が感じられない。
彼らは朝早くからやって来て、家の中を動き回っている。
今日は休日か何かだっただろうか……
自分の記憶を疑いながら、ダイニングルームに足を踏み入れた。
「……何事?」
中の状況を見て、まず出てきた言葉はそれだった。
行方がわからなかった使用人たちは皆、そこにいたのだ。
しかし、掃除をしているわけでもなく……なぜか全員席に着いていた。
「それが……」
使用人の中で一番年配の執事が口を開いた瞬間だった。
「やっと起きたか。ちょうど今起こしに行こうと思っていたところだ」
キッチンのある方向から、とある黒髪の美少女が現れた。
「これは君の仕業?」
「早く座れ」
「……はい」
なぜかにらまれ、ミリアルは大人しく空いている席に着いた。
目の前には朝食と思しき料理が並べられていた。
「……で、彼はまた何かおかしなことでも思いついたのかい?」
彼はこっそり、執事に言った。
「その……どうもミリアル様が、三食きちんと食べられないのを不満に思っていらっしゃるようで……」
「……」
ミリアルは何も言えなくなった。
いつも仕事に追われ、食事を抜くのが当たり前のようになっていた。
食べたとしても、パン一つだけというレベルである。
「……私たちと食を共にすることで、食べる気になられるのではないかというお考えのようです……。やはり我々は席を外しましょうか……」
「……いいよ。気にしないで。これ以上機嫌を損ねられるのは嫌だ」
ただでさえ、怒らせてしまっているというのに。
「さぁ、お前ら食え! この俺が丹誠を込めて作った朝食だ!」
作った本人は、なぜか得意気である。
こうしてミリアルの一日は、この奇妙な朝食から始まった。